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エンヴェロープ ❷リズム感の創出

改めて、前回の冒頭に聴いたふたつの音源を再確認します。

微妙なリズム
良いリズム

上は微妙な演奏、下の方が良いリズム感を出せている演奏です。エンヴェロープという概念を知った今、聴き比べてみてどうでしょうか? ぜひ違いを探したうえで、続きを読んでいってもらいたい。

それではギター、ドラム、ベース各楽器で何が異なっているかを、エンヴェロープの観点から解説していきます。

1. ドラムとエンヴェロープ

まずは、リズムの底を支えるキックの音だけを抜き出して比べてみます。

キックを比較

微妙なキック
良いキック

キックだけで聴くと、こんなに違っていたことが分かります。微妙なリズムの方は、リリースがやけに長いのです。それに加えて、エフェクターを使って人工的にアタックの音量を削っています。結果的に、音の鋭さが減って、モワモワした音になっていたのです!

単体だとパワフルに聴こえるこちらですが、これはアンサンブルの中だとリズムを提示する力が弱くてリズムが鈍く感じられてしまいます。一方で良いキックの方はリズムの「点」が良く浮かび上がってくるようなエンヴェロープになっています。

単体で聴くと物足りなくも感じるこのキックですが、アンサンブルの中ではスッキリと良いリズムを演出します。

スネアを比較

微妙なスネア
良いスネア

今度はスネア。微妙な方は、リリースが短くて音がスパッと途切れているのに対し、良い方はほどよくスネアの残響が鳴っています。

つまり、良い方の演奏は「キックは短く、スネアは長く」することで、リズムをスッキリかつ煌びやかなものにしています。対して微妙な方のは「キックは長く、スネアは短く」という演奏は、今回だとどちらもあまり活きておらず、モッサリするし物足りないという結果になっていたのです。
スネアの残響が長いのが良いか短いのが良いかは曲によって異なりますが、今回のようにギターもベースも細かくリズムを刻んでいる演奏の中では、前者のように適度にスネアが持続した方が、良いコントラストとなって耳に心地よく聴こえてくるはずです。

良いエンベロープとは?

こうしたドラムサウンドのエンヴェロープの理想形は、ジャンルやテンポ、楽器編成などによって全く変わってきます。典型的には、たとえばトラップのようなジャンルでは、今回ダメと言われた「長いキック×短いスネア」が逆に定番コンビです。

この背景には、トラップにおいてはしばしばキックが事実上ベース楽器の役目も一人二役でこなすといった事情もあります。スネアの方も、生のドラムには出来ない面白い音を追求した結果、「生楽器では不可能なくらい短く切る」というのが斬新に聴こえて流行ったようなところがあるかもしれません。ですからここについては、そのジャンルの音源をよく聴きそのジャンルで愛されている形をきちんと把握して再現することが望ましいです。

ハットを比較

最後にハイハット。

微妙なハット
良いハット

これはちょっと難しいですよね。似ています。この差異を理解するには、ハイハットの叩き方についてちょっとだけ詳しくなる必要があります。

TipとShank

ハイハットには、「Tip」と「Shank」という2種類の基本的な叩き方があります。

スティックの先端でカツンと当てるのが「Tip」で・・・

Tipよりも角度を下げて、スティックをより広くハイハットの端付近に当てるのが「Shank」です。

Shankの方が接地面積が広く、またハットの端の方に触れることでハットの揺れが大きくなるので、よりシャンシャンした音が生まれます。つまり、ディケイがわずかに長くなるのです。この違いを理解したうえでもう一度先ほどの音源を確認すると、違いがよく分かります。

「良い方」はTipとShankを適切に使い分けて、アクセントをディケイで表現している。対して「微妙な方」はTipしか使っておらず、アクセントを叩く強さだけで表現しています。

叩く強さだけでアクセントを表現しようとすれば、どうしても音量差が大きくなり、耳障りな印象になってしまいます。強さをさほど変えずにディケイを変えることで、軽やかさを保ったままアクセントが表現できているのです。

再度聴き比べ

もう一度、ドラム3点セットだけの音源で聴き比べてみましょうね。

微妙なサウンドのリズム
良いサウンドのリズム

違うのはエンヴェロープだけ。それでも小さな要素が積み重なって、アンサンブルとして聴いた時には大きな違いとなるのです。

2. ギターとエンヴェロープ

続いてギターですが、これもハイハットと同様に、奏法の違いがあります。

歯切れの良くないギター
歯切れの良いギター

良い方の演奏は「ミュート」といって、ディケイを短く、サステインを小さくする奏法を使っています。細かなリズムのあるフレーズにおいては、適度にミュートを混ぜることでリズミカルさが生まれます。

微妙なギター
良いギター

実はギターの違いは、このミュート奏法を取り入れているかどうかでした。「良い方」は切る時と伸ばす時のメリハリがしっかりとついて、良いリズムを生み出しています。「微妙な方」は圧倒的にフニャフニャですね。この違いが一番分かりやすかったと思います。

これ以外にも、ギターについては音をどこまで伸ばすかという「サステイン部分の時間の長さ」もリズム感に大きく影響していて、「微妙なギター」の方はそれがヘタです。変にだらしなく伸ばしたり、切るのが早すぎたりしていて、心地良さに欠ける箇所があります。

3. ベースとエンヴェロープ

ベースについても、「サステイン部分の時間の長さ」に違いがありました。

微妙なベース
良いベース

「良い方」の演奏では、実は音と音との間に微妙な隙間を作って演奏をしています。

隙間

ベロシティが一定の演奏ではリズム感が出ないのと全く同様に、エンヴェロープが一定すぎる演奏ではなかなか良いリズミカルさが演出できません。

16分音符/8分音符だとか、スラー/スタッカート/アクセントといった「楽譜で表せる内容」よりもさらに微細なレベルでの差異が、リズムにおいては重要なのです。
それはコード理論でいうと、コードネームでは表せない配置やサウンドによってコードの聴こえ方が変わるのと似ていますね。

もう一度聴いてみる

これら全てを踏まえたうえで改めて音源を聴いてみると、違いは如実に分かると思います。

微妙なリズム
良いリズム

ギターの違いにはほとんどの人が気づいたと思いますが、キックやベースなどは言われないと気づかなかったという人も多いのではないでしょうか。細部のこだわりが曲のクオリティに繋がります。

Check Point

我々が曲をリズミカルと感じるかどうかの背景には、エンヴェロープが関わっている。同じアクセントのリズムであっても、エンヴェロープ次第で印象は大きく変化しうるので、リズムを構築する際には、音の強弱・高低と並んでエンヴェロープを重要な要素として認識すべきである。

4. いくつかのアイデア

ほんのちょっとしたエンヴェロープがリズムに活力を与える例はたくさんあります。ちょっとしたものをいくつか、最後に紹介しますね。

リバース音で助走をつける

まずはEDMでよく活用される、電子ドラムのテクニックです。

違いが分かるでしょうか? 今回、リズミカルなのは後者です。比べると前者は少しだけ味気なく、勢いが無いように聴こえてしまいます。いったい何がこの差を生んでいるのでしょう。

今回カギを握るのは、スネアの音。スネアだけを抜き出した音源を聴いてみます。

そう、後者の方は、2回に1回はスネアのアタックの手前に「スゥッ」という助走が入っているのです。この「スゥッ」という音は、スネアドラムを逆再生した音です。この助走により、まるでレーシングカーが目の前を通過した時のようなスピード感がスネアに加えられました。それが勢いに繋がっているのです。

エンヴェロープを多彩にする

特にパーカッションのエンヴェロープは、曲のリズム感を構成するうえで重要です。ダンスミュージックでよくある、ハイハットとシェイカーの組み合わせを考えてみましょう。

シェイカーの音はどちらも同じで、ハイハットの音が異なる2つの音源。状況にもよりますが、基本的には前者の方が良いリズムと言えます。前者はディケイが長いシェイカーの魅力を殺さぬよう、ハイハットはカツンと短めでタイトな音色を選んでいます。結果として、柔らかいシェイカーと硬質なハイハットがコントラストを成して、両者とも美しく聴こえます。
対する後者は、ハイハットもディケイの長いものを選んでしまった例。サウンドが似通った結果お互いが干渉しあい、シェイカーの残響感など細かいニュアンスが聴こえづらくなってしまった。

もちろんケースバイケースなのですが、エンヴェロープの取り合わせをどう構築していくかを慎重に考えながら編曲していくことが望まれます。
先ほどのスネアの例も併せて、こういった調整を当たり前の作業のひとつとしてこなしているのがプロの作品です。

人工的なリリースの遮断

普通であればリリースが伸びるはずの音をカットしてしまうことは、我々の聴覚にインパクトをもたらします。手軽なところでいうと、クラッシュシンバルを手で止める奏法なんかがそれに該当します。

普通クラッシュシンバルといえば伸びるのが当たり前なので、こうやってリリースをカットされると、逆にそれが印象に残るというわけです。打ち込みであっても、有償音源ならばだいたい「Choke」という名前でどこかのMIDIノートにシンバルを止める操作が割り当てられています。

こちらはボーカルの残響に注目。かなり強めのリバーブとディレイをかけているのですが、スネアが鳴った瞬間に音量をゼロにすることで、ブレイクをより劇的に演出しています。
リバーブやディレイは普通少しずつ減衰していくものですから、こうやって人工的にカットすると、なかなかショッキングな効果があります。

今度はかなり極端な例。楽器はありふれたドラム・ピアノ・ベースなのですが、音量を加工することで、「リリースゼロ」や「スロウ・アタック」など楽器本来では出来ないエンヴェロープを作り出しています。

音色やフレーズはありふれたものなのですが、聴き慣れないエンヴェロープになるだけで随分と新鮮に聴こえるというトリックなのです。もしも音量加工を無くしてしまうと、途端につまらなくなります。

エンヴェロープがいかに重要であるかが分かります。

5. いくつかの高度な用語

ここからはおまけとして、ADSRに加えていくつかの発展的な用語も紹介しておきます。高機能なシンセサイザーなどでは、ここで紹介する用語がパラメータとして登場することがあるので、まあ遭遇した際にここを参照するていどに思ってもらえればよいです。

ホールド(Hold)

「ADSR」では、音量マックスを迎えたあとはすぐ減衰が始まります。そうではなく、マックスの段階である程度ボリュームを維持する機能が付いている場合もある。その「アタック段階が完了し、音量マックスで維持される時間」のことを、「ホールド(Hold)」といいます。

Hold

この「AHDSR」のシステムでは、音量を横ばいに維持する段階が「ホールド」と「サステイン」の2箇所存在するということです。

エンヴェロープ・スロープ

アタック・ディケイ・リリースについて、音量の変化が具体的にどんなカーブを描くかについてはまた楽器によって様々です。

大まかに分けるとこの3つだ。このカーブの曲がり具合のことを、「スロープ(Slope)」と表現します。スロープは、その3種類それぞれにきちんと名前がついているので、紹介いたします。

指数関数的(Exponential)

まず、アタックがふくらみ、ディケイ・リリースがへこんでいるスロープのことを、「指数関数的」であるといいます。

Exponential

これはまさしく数学のグラフの話で、指数関数(y=ax)はグラフにした時にこのようなカーブを描くことからこの名がつきました1。 アコースティック楽器にはこのカーブを描くものが多く、それゆえシンセサイザーでも、モノによってはデフォルトでこのカーブに設定されていることがあります。

直線的(Linear)

カーブが直線的である場合には、そのまま「直線的(Linear)」であるといいます。せっかくだからリニアという英単語を覚えるといいでしょう。

直線的

対数関数的(Logarithmic)

逆にアタックがへこみ、ディケイ・リリースがふっくらと膨らんでいる形は、「対数関数的(Logarithmic)」であるといいます。これもやはり数学の対数関数(y=logax)のグラフがこのようなカーブを描くことからです。

Logarithmic

ふだんはこうした用語をさほど気にすることはないでしょう。先述のとおり、高度なシンセサイザーではこういった言葉の登場することがあります。

耳をアップデートしよう

さて、「序論」で“音に関する言葉を知らなければ、音楽はよく視えないし、記憶できない”という話がありました。今回のエンヴェロープはまさにそうです。この概念を知るだけで、音楽を聴いたときに入ってくる情報量が大きく変わります。

こちらは一般人には「何が良いのかわかんない」などと言われてしまいそうな、先鋭的な電子音楽です。しかし今一度耳を傾けると、それぞれのエンヴェロープがどれほど繊細に構築されているか、その丹念さに驚かされるはずです。
ディケイが短くアタックを際立たせている音、単調にサステインしている音、アタックが遅い音、リリース・ゼロで瞬時に消える音、一度減衰してからまた大きくなる音……。多彩なコードが曲に彩りをもたらすのと同じように、多彩なエンヴェロープもまた曲に彩りをもたらします。今後はA・D・S・Rの4文字と共に演奏や編曲を考えてみると良いでしょう。

まとめ

  • エンヴェロープによって、サウンドの聞こえ方やリズム感が大きく変わります。
  • 楽器各音のエンヴェロープのバランスを考えながら編曲をしていくと、より洗練されたサウンドが得られます。
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