自由派音楽理論はその体系を構築するにあたって、多数の流派・多数の世紀・多数の国の書籍を参照しています。変化する音楽に対して理論はどのように対応してきたか、理論家たちはいかにそれぞれの思想をぶつけあい、それを継承または改造してきたか。そういった歴史をよく理解し、敬意をもった態度で既存の理論に接することによってはじめて、正しい作法で新しい理論を提唱することができると信じているからです。
以下はそのうちの主たる書籍たちです。もちろんここに挙げたものが全てではなく、主に歴史考証と公平性確保のため、他にもたくさんの書籍、論文、ウェブサイトを参考にしています。
参考と引用
これらは文字どおり、テキスト作成時に“参考”にした本であり、テキスト自体がこれらの“引用”で構成されているわけではありません。つまり、本編テキストはWikipediaのように引用の集合体で成り立っているのではなく、私自身の研究と経験に基づいて書かれたもの、個人が著した一冊の本のようなものだと捉えてください。
モダンジャズ理論系統の書籍
- Great Songwriting Techniques
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2018年出版で、コードと関係なくメロディ単体が持つ安定/不安定と解決についての解説や、伝統的な様式とは異なるポップ/ロック様式のコード進行についての豊富な解説など、自由派音楽理論の思想をサポートしてくれる一冊。著者はバークリー音大のSongwriting科の共同創設者のひとり、ジャック・ペリコーン氏。
- The Berklee Book of Jazz Harmony
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いわゆる「バークリーメソッド」と呼ばれる流派の書籍。個々の内容に対しての説明が分厚く、ダイアトニックコードの接続ひとつひとつに(簡易的だが)説明があり、Vsus4や♯IVøの機能、IIm7の13thアヴォイドといった疑問の生じやすい点にも見解をきちんと述べている。隅々まで行き届いた模範的な理論書。
- The Chord Scale Theory & Jazz Harmony
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バークリー音楽大学のアイコンであり、34年間和声部門の主要メンバーであったというBarrie Nettles氏による著書。同じく「バークリーメソッド」に基づいており、「The Berklee Book of Jazz Harmony」と比べるとわずかに保守的な傾向が見受けられる。
- The Jazz Theory Book
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和訳もされていて、日本で非常に有名なジャズ理論書。非バークリー系であり、TDS機能を非採用、♯11を♯4と記すなど、細部に様々な相違が見られる。体系的というよりも、実例の紹介が非常に豊富で実践的能力の習得を主眼に置いている。
- Jazzology
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ジャズ系の理論書。著者はローワン大学の教授、音楽学者。非バークリー系で、クラシック流派の傾向が混ざっているため、体系比較の参考として有用。安価でコスパも高いが、内容の深度では若干劣る。
クラシック和声学系統の書籍
- Music Theory Essentials
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アメリカ流の和声学本。アメリカ標準のローマ数字+数字付き低音のスタイルが採用されている。2019年出版で、クラシック和声だけでなくそれ以降の現代音楽技法や、ジャズ・ポピュラー理論についても触れられているかなり包括的な理論書。
- 和声―理論と実習 (1)
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長らく東京芸大の教科書であった、おそらく日本で一番有名な和声学本。全部で3巻構成(3巻全て参考にしています)。用語と記号に関しては独自性が強いことが特徴。
- 新しい和声
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2015年に東京芸大の新しい教科書として作られた和声学本。「理論と聴感覚の統合」というテーマのとおり、理論を感覚と結びつけるための記述がそこかしこに見られる。ボリュームとしては少なめ、索引がないのが致命的欠陥。
音楽史・理論史・理論家の研究書
- ハーモニー探究の歴史 思想としての和声理論
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章ごとに異なる著者が理論史の重要事項を紹介する書籍。主に音の「協和・不協和」に対する各理論家の主張を軸に、ザルリーノ、デカルト、ラモー、リーマン、シェンカー、シェーンベルクなど各時代の最も有名な理論家を順に詳しく辿っており、西洋理論のハーモニーの歴史概観をまとめたハンドブックとしてとても読みやすい。
- 音楽分析の歴史: ムシカ・ポエティカからシェンカー分析へ
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諸理論家の音楽分析の哲学・スタイルを、時代ごとではなく「文法」「論理」「有機体」「表象」といったテーマごとに分けてまとめたユニークな書籍。文章内容として充実しているだけでなく、図表がたいへん分かりやすく、またリーマンの記号体系やシェーンベルクのリージョン・チャートなども載っていてめちゃくちゃありがたい。
- 西洋音楽理論にみるラモーの軌跡: 数・科学・音楽をめぐる栄光と挫折
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ラモーが唱えた理論の内容の紹介から始まり、その問題点と、当時あった批判などを、時代背景とも照らし合わせながら解説してくれる本。倍音を根拠に理論構築する際の諸問題が現在も未解決であることが示されている。
- 西洋音楽史 「クラシック」の黄昏
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西洋音楽史をコンパクトにまとめた一冊。楽譜ではなく線や四角を用いたイメージ図による解説など、一貫して簡潔さを意識して書かれており、非常に読みやすい。歴史・宗教情勢と音楽の関連に詳しく、また語り口も軽妙で楽しい。
- 西洋音楽史
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1924-25年にかけて行われた音楽史に関するラジオ講演をまとめた書籍。西洋の音楽形式の変遷を、当時の社会情勢と併せて解説している。ラジオ講演がもとである性質ゆえ、具体論よりも概観の把握が指向されている一冊。
- 音楽理論入門
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決して現代の一般感覚でいう「音楽理論入門」ではない。調律、楽譜、階名、旋法といった特定領域に関する内容が深く掘り下げられており、そうした方面の知識を補強するのに役立つ書籍。
- Hugo Riemann and the Birth of Modern Musical Thought
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まるまる一冊フーゴー・リーマンに関する研究。リーマンの和声二元論・機能和声論に対して当時起こった批判と筆者自身の批判、当時の時代状況やリーマンのフォロワーが機能論をどう扱ったかなど、リーマンに関する内容がいっぱい。特に巻末のグロッサリーではリーマン諸理論の中で鍵となっているワードがまとめられていて便利。
- A Chord in Time: The Evolution of the Augmented Sixth from Monteverdi to Mahler
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まるまる一冊「増六の和音」の歴史と発展に関する研究。増六和音の原型を旋法時代まで遡って論じ、そこからの一般化、エンハーモニック転調への活用、トリスタン和音、「フランスの六」のドミナントとしての使用など、増六和音にまつわる諸エピソードがまとまっている。
古めの理論書
- Fundamentals of Harmony
1954年初版。著者はオーストリア生まれだが24歳でアメリカに渡り、その後帰化。そのためリーマン式の本格的な記号システムが一部アメリカナイズされた形で使われているという、地味に貴重な書籍。読者に疑問を投げかけ議論・考察を促す「Discussion」のコーナーが各セクションにあるのも良い。
- The Theory of Harmony
1917年初版の理論書。一般的な和声学本であるが、その当時までの理論発展の流れ(ラモー、ザルリーノ、ヘルムホルツなど)に対する言及が詳しく、特に19世紀の和声二元論に対しかなり厳しい批判を述べており、「20世紀当時の18-19世紀の理論の見られ方」を知るうえで貴重な書籍。
- Harmony – Its Theory And Pracice
1889年初版の理論書。著者のプラウトはイングランドの理論家。実例がていねいで、内容も他の理論書では踏み込まないことの多いところまで紹介されていたりして、いい本。ヴェーバー系のローマ数字記法+転回形はabcで表示など、当時のイングランドの表記体系を追ううえでも貴重。
- Modern Harmony In Its Theory And Practice
1905年出版のノーマルな和声学本。「次に進むコード」の情報が詳しく、当時のクラシック理論の進行ルールのぐあいを知ることができる。著者のアーサー・フットは「ボストン6人組」と呼ばれる近代アメリカの作曲家。
- Material Used in Musical Compositions
1882年初版の和声学本。アメリカナイズされた毛色が強く、転回形には島岡和声と同じく123が使われている。リーマンとほぼ同時期に和音を3群に分ける「クラス」という概念を提唱、かつ[S]機能を代表する和音はIVでなくIIと唱えた点にジャズ理論の萌芽を感じる魅力的な一冊。箇条書きスタイルの解説もGood!
- Theory of Musical Composition
1842年出版、ドイツの理論家ヴェーバーの著書の英訳版。フォーグラーの遺志を継いでローマ数字記法を改良し、世に普及したことで知られる、その一冊。中盤に丁寧なローマ数字記法の導入解説が発見できる。
- Harmony Simplified
1896年出版、リーマンの著書の英訳版。機能和声論を提唱した最初の本。オリジナルの、本来の姿の機能和声論を知ることができる重要な一冊。
- Grove’s Dictionary of Music & Musicians (1908年版)
現在も改訂され出版されている「ニューグローヴ世界音楽大事典」の第II版。例えば“Function”がまだ見出しになっていないなど、20世紀初頭当時の理論の状態を広く参照できる。
- A Musical Grammar, In Four Parts
1810年出版の理論書。ローマ数字記法が広まる以前の理論の姿が確認できるほか、増六和音の命名由来への見解やルートモーションへの独自の名付けなどいくつか興味深い点が見られる。