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今回は「メロディラインの技法を知る」回です。
ここではブルース、ジャズ、ロックといったジャンルにおいて重要な技法である「ブルーノート」を紹介します。理論的にそこまで難しいわけではなく、簡単に導入できるので、即戦力になる知識です。

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1. 憂いを帯びたメロディ

音楽における「憂いの表現」とはなんでしょうか? その答えのひとつとなるのが、今回学ぶ「ブルーノート」です。

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まずこちらはちょっとしたEDMのフレーズです。声を模したシンセリードは、「ミレレドドレ」というようなフレーズを繰り返しています。伴奏は暗めのコード進行ですが、「憂い」を感じるかというとそうでもない。そこで、シンセリードにちょっとした工夫を施します…。

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どうでしょうか? ほんの微妙な差ではありますが、どこか憂いを帯びています。ほんとうに微妙な差ですので、何が変わったかをお伝えします。「ミレレドドレ」というフレーズの頭、「ミ」のピッチがちょっとだけ下がっているのです。

ピッチベンド

下がり方は毎回微妙に変えていますが、だいたいとミを3:5に内分するくらいの高さ周辺に設定しました。楽譜では表現できない、「歌心」とでも言うべき微妙な音の下がりが、この哀愁を生み出していたのです。

ピッチの下がり具合

だからこれは音が上がりきっていない、ピッチの外れたメロディと言えるかもしれません。だけど「音痴」という感じはしなくて、むしろそれが独特な哀愁を生んでいる。この「上がりきらないピッチのために憂いを帯びた音」のことを、ブルーノートBlue Noteといいます。メジャースケールの中でこのブルーノートが発生するとされているのはこのミの音の他にはシの音、それからソの音があります。

  • ブルーノート
    ミ・ソ・シのピッチが微妙に上がりきらず(半音以下の範囲で)下がることで哀愁を帯びたメロディラインの音のこと。

ポイントは、伴奏はきちんと通常のミを鳴らしているということ。伴奏とメロディとで使う音が分離して、濁った響きが生まれる。この「ブルーノート」はブルースのジャンルで生まれたユニークな音楽表現であり、クラシックやジャズの理論の基本体系内にはない存在です。そのため、「伝統的な音楽理論ではブルースをうまく説明できない」などと言われます1。この記事でも下がった音のことを便宜上ミ♭・ソ♭・シ♭と呼びますけども、実際には具体的なピッチは定義されていないものであることは頭の隅に置いていてください。

ブルーノートと傾性

少しカーネル目線の話をすると、音程がフラットしたことにより、ブルーノートは基本的に下方への強い傾性を持ちます。ですから、「ミ♭」は「レ」へ、「シ♭」は「ラ」へ・・・と半音進行することでなめらかなメロディラインを作るのが基本です。

解決法

は、ポピュラー音楽で見かけることは稀ですね。ミが圧倒的に使いやすく、使用例も多いです。

2. ブルーノートの実例

ブルーノートはポピュラー音楽でも、ブルースに源流を持つジャズやロック系のテイストを付加するときに用いられます。実例を聞いてみましょう。

米津玄師 – 馬と鹿

サビ終わりの「鼻先が触れる呼吸が」「痛みは」のところが「ミレドド」というフレーズの繰り返しになっていますが、そのミの音が微妙に下がっていて「ブルーノート」になっています。「半音に満たないわずかな下がり」というのが本当に重要で、「ミレドド」のそれぞれ毎に下がり方が微妙に異なるため、繰り返しのフレーズでも表情にバリエーションが感じられるのがポイントです。

また、この直後の「消えな」のところのミはクッキリと本来の音程で伸びているため、そこのコントラストが最後に花を添えているようなところもあり、ブルーノートの活かし方という意味でも素晴らしい例です。

カバー版と比較

例えばこの曲はオリエンタルラジオの慎吾ちゃんもカバーしていますが、そちらの歌唱はブルーノートになっていません。ピッチを正しくあてるよう意識したマジメさの結果ではないでしょうか。

本当に微妙な差ですけども、ブルーノートの欠落のために原曲の持つ“憂い”がこのカバーだと減じているのを感じて頂きたいところです。「ずれたピッチの方が魅力的」ということで、ブルーノートはシンプルだけどもその内にすごく奥深いものを抱えていて、西洋音楽理論の根幹に疑問を投げかける存在でもあります。

Fantastic Plastic Machine (FPM) – Beautiful Days

曲全体に渡り、かなり多くのブルーノートが使われています。最も分かりやすいのが、1:40からの「Beautiful」を連呼しているところ。ずっとひたすら「ミ→レ→ド」の反復になっています。この妙に気だるい感じ、明るすぎない感じの背景には、ブルーノートの効果があるわけです。

aiko – 初恋

サビの「絶えず絶えず絶えず」のところで、珍しい「シ」のブルーノートが発生しています。aikoはジャズっぽさのあるアーティストですが、その理由のひとつにこのブルーノートの使用があります。

ブルーノートの実行法

ブルーノートは、どれくらい下がるかでその露骨さをコントロールできます。楽器でこれを表現するためには、DTMでいうところのピッチベンドを用います。サックスやトロンボーンなんかにはベンドする奏法がありますし、ギターでいえばチョーキングがあります。ピアノのようにベンドできない楽器では、ミとミを同時に鳴らす、片方を装飾音符として鳴らすといった工夫で、「擬似ブルーノート」ができます。

この場合は、フラットした音の混ぜ具合、その強さや長さによってブルーの度合いを調整できますね。

3. ブルースの理論

現在のポピュラー音楽理論の原型はジャズ理論ですが、そのジャズの源流のひとつにブルースがあります。そのためジャズ理論は、この歌心溢れるブルーノートの世界をきちんと理論として取り込んできました。
本来的にブルーノートは、演奏とメロディが別々の音階を奏でている、しかも半音単位で表せないくらい微細なニュアンスを持っているという点で、音楽理論のシステムの中には取り込めない存在です。しかしそれでもその音楽性を後世に伝えるために、理論化が行われたのです。

ブルースに関する理論展開のスタート地点として、ブルーノートの存在は「メジャーキーのコード上にマイナーペンタトニックスケールを重ね合わせたもの」と説明されたりします2

「マイナー・ペンタトニック・スケール」は、I章で登場しました。砕けた言い方をすると「ヨナ抜き音階の暗いやつ」でした。メジャーキーの伴奏の中にフラットを帯びた音が入るという現象を、「メジャーキーにマイナースケールを重ね合わせる」という解釈でモデル化したのです。

元来的にはブルーノートというのは微妙なニュアンスの問題であって、楽譜にできないようなの歌声の妙、味のようなものです。それをはっきりと「ミの代わりにミの音を使います」と言ってしまうのは、ちょっと音楽の奥深い部分を切り落としてしまった感じもありますが、理論的にまとめるためには仕方ないというところです。

ブルース・スケール

ただ、マイナーペンタトニックにはソのフラットが含まれていません。そこでソ♭を加え、3つのブルーノートを勢揃いさせた「ブルース・スケール」というスケールも定義されました3

についてはこうやってファで表記されることもあり、先ほど「下方傾性を持つ」と述べたものの、実践においてはファ♯として利用されソへ上行することもままあります。演奏を聴き比べると、ファが入った分だけより濁りが深まりました。

ブルーノート・スケール

そしてやはり最終的には、フラットした音とそうでない音を両方織り交ぜた音階で演奏したいなという話になります。メジャースケールの7音に、3つのブルーノートを加えた計10音をくまなく使用する音階は、「ブルーノート・スケール」と呼ばれます4

このスケールで演奏する練習をしっかり積めば、基本のメジャースケールからどれくらいブルージーさを加えるかをコントロールしながら演奏ができるようになるというわけです。

Cブルーノート・スケールだけのジャズ演奏

こちらがブルーノート・スケールを使ってジャズ風な演奏をしたもの。ブルーノート・スケールは、言ってしまえば「お手軽にジャズっぽさを得られるアイテム」なのです。

ロックにもぴったり

このメジャーキーともマイナーキーとも言い難いサウンドはクラシック理論の基盤に存在しない概念のため、“反体制”の精神が根本にあるロック音楽との相性もバッチリです。

こちらはブルーノート・スケールをリフやソロに活用したロックソングです。基本的にはマイナー調寄りかと思いますが、要所にミ・シのナチュラルとファが入ることで、ブルースやジャズを思わせる混沌としたサウンドを作っています。

楽譜King Crimson. 「21st Century Schizoid Man」

新しい音階を手にすることは、新しい表現を手に入れることです。III章ではこういった音階の知識を増やしていきます。

まとめ

  • ミ・ソ・シのピッチが半音か、あるいはそれ未満の範囲で下がることで哀愁を帯びた音を、ブルーノートといいます。
  • ポピュラー音楽では、ミの♭がもっとも導入しやすいです。
  • ジャズ理論では、これをメジャーキーにマイナースケールを重ねたものとするところから解釈を発展させています。
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