マクロ音楽理論 ❷ レイヤーとネスト

音楽理論 マクロ音楽理論

前回は、マクロ音楽理論の根本概念である六つの要素、MARVELを紹介しました。

MARVEL

このチャートにのっとり、きちんと要素を反復させることで「ソリッドな構造」を築いている音楽はリスナーにとって理解しやすく、さらにその構造を最後に瓦解させることでまとまりの終わりを明示する音楽は、なおのこと分かりやすい。そんな思想を出発点に、音楽のマクロ的な技法を彫り出して明確化するのが、マクロ音楽理論の目的です。

ドラムでいえばフィルイン、メロディで言えば形状放棄、コードでいえばクオリティ・チェンジなどが、「液化」の代表例でした。ただそういった各論に進んでいくよりも先に、まだまだ総論のコンセプトを説明していく必要があります

#1 レイヤー

楽曲の世界は、言うまでもなく複数要素が同時に進行します。例えば普通のバンド構成であれば、いくつかの楽器とボーカルによる具体的な演奏、それからそのアンサンブルによって生じる総体的な「コード」や「リズム」があります。あるいはギターの演奏ひとつとっても、楽譜に起こせるその「演奏そのもの」と、楽譜に起こせない「サウンドの変化」がありますね。
マクロ音楽理論では、MARVEL分析が可能な状態まで分化されたひとつのパートのことを、「レイヤー(Layer)」と呼びます。ひとつの楽曲は、たくさんのレイヤーが重なって構成されている。ですから、「ギターパート」は正確にいえばひとつのレイヤーではなく、「演奏」と「サウンド」という二層のレイヤーから成っているということになります。

レイヤリング

たとえ演奏は同じでも、サウンドが違えばそれは曲の「展開」として成立しますからね。

こちら、メロからサビへの流れが聴けますが、演奏レイヤーはずっと同じフレーズを「複製」していますが、サウンドが「変形」しています。つまり、あるパートから次のパートに移行する際、複数レイヤーが一斉に展開するのか、あるいは一部は維持され反復されるのか、そのバランスが曲の展開の「大きさ」を決めるといえますね。

レイヤーと展開性

そう、前回は抽象的なレベルで「液化によって構造の終了を明示することが重要」と述べましたが、具体的にはどれかひとつのレイヤーだけが液化をするだけでも、それ相応の効果が得られます。Aメロの1周目と2周目の区切りくらいであれば、ドラムがちょこっとフィルインを入れればいい話だ。
逆に全てのレイヤーが同時に液化すれば、次に大きな展開が起こることを明確に予期させるものとなる。特に「演奏をやめてしまう」という一番わかりやすい液化を全レイヤーで行えば、それはいわゆる「ブレイク」と呼ばれる手法になるわけです。
過剰なリピートでソリッドな構造をがっちり構築して、一気に全員で瓦解するという構造美を最も打ち出したジャンルが、EDMですね。

まあコレは極端な例ですけれど、いずれにせよ「液化のタイミングと比率によって展開の大きさをコントロールする」というのは、編曲上の基本概念と言えます。

独立性と一体性

EDMは、全パートの盛り上げの“呼吸”のようなものが、みんな揃っているのが基本です。うるさいリードシンセが入ると同時にスネアの頻度が増える。上昇していくような効果音が加わる。
その呼吸が揃っているので、ガチャガチャと色んな音が鳴っていたとしても、リスナーは「自分の向かっている方向」が分かります。レイヤーごとの独立性・一体性のバランスは、音楽をいかに分かりやすくするかにおいて重要なファクターになります
当然ながら、各レイヤーの独立性が高いほど、聴き手は理解するのにエネルギーを要しますよね。レイヤーが複数あっても同じ演奏をする「ユニゾン」や、音程は違えどもリズムを揃えて演奏するような状態であれば、聴き手はより把握がしやすい。

こちらはパートの独立とユニゾンの緩急が面白い曲例。全然別の演奏をしたかと思ったら、唐突にユニゾンし始める。リスナーにとっては分かりにくい(しかし逆に言えば、意外性がある・複雑性がある)音楽と言えます。

縦方向に積まれていく音の「レイヤー」と、横方向に紡がれていくMARVEL要素の連なり。その総量が、楽曲の情報量となります。

#2 ネスト

ひとつのレイヤーの一部分を切り取ったとしても、そこにさらなる層構造が発生している時があります。

こちら、とても覚えやすいメロディの名曲です(原曲の公式アップロードがなかったので、こちらはカバー動画です)。「消えそうなくらい輝いてて」をひとかたまりの「開始」要素ととれば、これはちょうど3周して4周目の途中にリズムを放棄するので、「A-V-V-E-L」の構造といえます。
しかし、その開始要素ひとつをさらにズームして見てみると、そこには「タタタン」というリズムが4回反復されています。

プラネタリウム「プラネタリウム」より引用, 作曲:藤原基央

今回は便宜上、小さな要素の方をアルファベットの小文字で区別しました。小さな「タタタン」は、サビの間に13回繰り返されます。このように、ある単一のMARVEL要素内に、さらに細かいMARVEL要素が“入れ子”状態になっているものを、「ネスト(Nest)」と呼ぶことにします。
また、要素をどれくらいの広さ、どれくらいのズーム感で分析するのか、その「視野の広さ」のことを今後は「スコープ(Scope)」と呼びます。

ネストの圧倒的優秀性

「ネスト」は言うまでもなく、記憶の定着においてズバ抜けて有効な手法であり、ネスト構造をもった要素は非常に優秀であると言えます。リスナーは二重にリピートの満足を得ることができるわけですからね。


「メロディ編」でも「マクロ音楽理論」でもすっかりおなじみの、大名曲「世界に一つだけの花」も、やっぱりネストを有しています。サビは2小節スコープで見ればこう分析できます。

小節 歌詞 機能
1-2 世界に一つだけの花 A(開始)
3-4 一人一人違う種を持つ V(変形)
5-6 その花を咲かせることだけに R(複製)
7 一生懸命に E(抜粋)
8 なればいい L(液化)

もちろん、このスコープで眺めても十分美しい構造ですが、各要素ひとつをズームして2拍スコープで見ても、やっぱりそこにまた「タンッタンッタン」というリズムの反復が存在していることに気づきます。

歌詞 機能
1-2 世界に A(開始)
3-4 一つ V(変形)
5-6 だけの V(変形)
7-8 L(液化)

しかもこの曲はA・B・サビ・Cメロ全て1つのモチーフを展開して構成しているということは既にメロディ編で述べました。それも踏まえると、三重のネストになっていると言えます。だからこの曲、実は要素のリピート回数が尋常じゃなく多いんですね。ネストを有するメロディというのは、リスナーにとって聴き心地の良い、まさにポップスのお手本といえる造形です。

#3 コード進行とネスト

しかしまあ、メロディ分析であれば、前回も言いましたけど、これは幾らでも行われていること。マクロ音楽理論が面白いのはここからで、「ネスト」は実はコード進行にも存在します


こちらは「接続系理論」の時に紹介した、「パッヘルベルのカノンのコード進行」です。A型とC型を交互に繰り返しているって話でしたよね。

コード進行のMARVEL分析については、このカノンの定番進行であれば、この「1-5-6-3-4-1-2-5」でひとかたまりと見るのが普通ですが、もっとスコープを狭めて観察してみると、面白いことに気づきます。
ルートの動き方を改めてじっくり見ると、最初の1-5-6は「4度ダウン、2度アップ」です。その次の「6-3-4」も「4度ダウン、2度アップ」。さらに「4-1-2」も同様です。そう、ルートの動きにリピート構造があるのです。

カノンの進行とMARVEL

このとおり。最後のIImVはコード進行の終わり方としてド定番なので「液化」としました。コード進行は、曲の背景にゆったりと存在しているものなので、ことさらMARVEL構造を作る必要はありません。しかし、そういった構造美があってマイナスになることはない。むしろ深層心理の部分で、一定したルートの動きは聴き手に安心をもたらします。

ネストを有するコード進行例

4つで1サイクルを成すことの多いコード進行。そこではせいぜい、2コ+2コの小さなリピートしか作れませんが、それでも「サイクル内部にリピート構造を有する“入れ子”の進行」は、強度が高いです。

IImVIIImVIm

ポップスでおなじみの、2-5-3-6の進行です。「4度アップ」が2個連なって出来ていますね。

VImIIImIVI

バラードで使われることの多いの進行。これは「4度ダウン」の2個セットですね。この妙な聴き心地の良さの背景には、同じモーションを2度繰り返していることが密かに影響しています。

IVIVIIm

こちらはまた別の「4度ダウン」2個セットです。V→IImの動きは、最も逆行感の強い「逆進行」でしたが、ネストになっていることでその強烈さが若干和らいでいます。けっきょくのところ、リピート回数さえ確保できれば大概どんな進行だってリスナーは受け入れられるのです。特に昨今のロックやEDMがそれを証明しています。

IIVIImVIIImVImIImV

今度は8つで1サイクル。1-4,2-5,3-6,2-5と「4度アップ」を4回繰り返す例です。やっぱりルートの動きが一定なので、聴きやすい。

VImIVVIIImIVIImVIII

「3度ダウン」を繰り返す例。構造がソリッドすぎるので、ラストはクオリティ・チェンジで「液化」をしました。

反復進行(ゼクエンツ)

こんな風に、コード進行においても一定の動きを繰り返すことで、進行に対する「受容度」を高めることができます。そういう技法は大昔の「バロック期」からずっと使われていて、古典派理論ではそれを「反復進行」、もしくはドイツ語で「ゼクエンツ」と呼びます。


バロック期の代表的な作曲家、ヴィヴァルディの「冬」です。「春」が一番有名と思いますけど、この「冬」もCMか何かで聴いたことがあるのでは。真ん中あたりからサビ(?)のパートがはじまります。
メロディのモチーフが反復されていることはもちろんなのですが、そのバックにあるコード進行も、一定の動きを繰り返している。これが「ゼクエンツ」です。メロディとコード、ダブルのレイヤーで一体感のあるリピート構造を作ることで、より印象的でソリッドな構造美を築いているのです。


さて、「レイヤー」「ネスト」「スコープ」が今回新登場の用語でした。まだ具体的には幾つかの例を紹介しただけですが、なんだか少し、音楽全体の構造というのがスッキリ見えてきませんか? いくらか編曲の“見通し”が良くなったのではと思います。

もちろん「ブレイク」が効果的な演出法であるなんてことは、今更言うまでもないこと。でも、ブレイクが液化の「最大値」であり、ドラムのフィルイン等が液化の「最小値」であり、その間にグラデーション状に大小様々な液化が存在している。そういう風にきちんと認識しなおすことで、より頭の中が整理されていくはずなのです。

また、「世界に一つだけの花」が三重の“入れ子”構造を持っているなんていうのは、ことさら意識していなかった人も多いのではないかと思います。そういう小さな発見、気づきがとても大切であって、マクロ音楽理論の存在意義はそこにあるのです。

マクロ音楽理論の章は現在ここまでです。今後、構造パターンや技法についての内容が追加される見込みです。

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