マクロ音楽理論概説

音楽理論 マクロ音楽理論

#1 ミクロとマクロ

ミクロ」と「マクロ」は物事の見方をあらわす概念で、「ミクロ」は顕微鏡で覗くように小さい範囲で、対して「マクロ」は丘の上から眺めるように大きい範囲でものごとを見ることを指します。たとえば「ミクロ経済学」は家庭の経済活動を考察し、「マクロ経済学」は国家の経済活動を考察する…といった具合です。
このサイトの内容も例外ではないですが、この世の音楽理論というものは常にミクロな視点ばかりに着目しているため、肝心の「実際の作曲におけるテクニック」というものがなかなか見えてきません。いわば物語で言うところの、「ストーリーの構築法」に相当するもの。

ストーリーであれば、「定番の型」だったり、「起承転結の流れ」だったり、「伏線とその回収」だったり、まあ色々と充実していますよね。それくらい「大きな単位」での理論というのが、音楽理論の世界では大きく欠落してしまっているのです。

マクロ単位の理論が欲しい

例えば自由派音楽理論のメロディ編では、「メロとサビのメロディラインに関連性を持たせることで記憶の定着を促す」という手法が紹介されていますが、このような方法論が従来の一般音楽理論で論じられることは基本的にありません。
あるいはコード編の「具現化基礎」では、コード進行のまとまりの大きさについて述べていますが、この「コード進行のまとまりの大きさ」がもたらす曲のストーリー性の違いなどについても、やはり論じられていません。

もちろんこうしたことは、あるていど感覚で掴むことが出来る範囲のものです。しかし、理論とはそういった「感覚的なもの」をより深く観察し、分析することで生まれるものです。理論とは、「現象の統一的な説明」。今の音楽世界には、説明されてもいいはずなのにされていない現象が多すぎるのです。

「マクロ音楽理論」はその穴を埋めるべく、コード編の「接続系理論」、メロディ編の「調性引力論」と同様に自由派音楽理論が提唱する、楽曲の構造美のための音楽理論です。

#2 構造美とは

「構造美」とは何か? 現代音楽の作曲家アルノルト・シェーンベルクは、こんな言葉を残しています。

シェーンベルク
芸術とりわけ音楽における形式の目的は、まず判り易さにある。楽想・展開・論理が把握できれば聴き手も満足でき開放感を感じられる。これは心理学的に言えば、美感と密接な関係をもっている。だから芸術的価値が判り易さを必要とするのは、知的満足だけでなく感情的満足のためである。

シェーンベルク
一般に音楽はできるだけ多くの極小・小・中・大部分の反復によって判りやすくされない限り、比較的理解し難いどころか理解することさえできない。理解のための第一条件は結局のところ記憶にある・・・。だから音楽では形が判りにくく覚えにくいものは正しく理解できない。例えば特徴に欠けたもの、曲が複雑な場合ならそこから派生するすべてのもの、そこから生じる全てのものは正しく理解できない。

最も重要なキーワードは、「記憶」と「把握」です。少し平たく言い直せば、大衆に向けた曲は、「覚えやすい」と「判りやすい」が重要だということ。当たり前の話で、大衆音楽において、覚えにくい曲は名曲にはなれない。

だから、「聴衆に把握してもらえる構造を意識して作曲する」という技術は、大衆音楽の根幹を成す最重要ポイントなのです。曲を聴いた際、聴き手に曲の「構造」が浮かび上がってくる音楽は、「構造美を有している」と言えます。

その「構造美」の作り方は、いくらか作編曲をした人ならそれは”何となく”は分かることだと思います。でもそれは言葉にすればもっとハッキリと見えることだし、理論にすることで、見逃されがちだった様々な音楽的技法をもっと「まとまった知識」として積み上げていくことが出来るはずなのです。
音楽の「構造」を説明するための理論、まずはそのフレームワークを作り上げていきましょう。

#3 フレームワークを作る

ミクロ的音楽理論においては、リズムだったら「拍」、コードなら「度数」など、基礎のものさしとなる言葉が必ず存在します。その言葉があって初めて、様々な分類や技法の説明が可能になる。

だから構造分析においても、「技法」の世界にいく前に、まず「言葉」をいくつか用意してあげる必要があります。

構造とは二者択一

しかし、マクロな視点で見てみれば、音楽の構造を表現することはさほど難しくありません。例えば「コード」も、ざっくり言ってしまえば明るいか暗いかの二択で成り立っているようなもの。音楽というのは、突き詰めればシンプルなものです。構造分析も実は同じようなもので、音楽の構造とは、突き詰めれば「反復」か「展開」の二択なのです。

究極的には「反復」か「展開」の二択

「反復」と「展開」は、先ほどのシェーンベルクの言葉にもありました。音楽の本質は、反復です。メロディのない音楽、ハーモニーのない音楽はあっても、反復しない音楽というのはまあ珍しい。少なくとも、ポピュラー音楽の世界にはそんなもの存在しません。リピートの程度に差こそあれ、繰り返しの存在しない音楽なんて、そんなの一般に受け入れられるわけがありませんからね。
でももちろん、ずっと同じままじゃつまらない。何らかの変化が音楽には必要です。それが「展開」。展開が増えれば楽しさはますが、一方記憶への定着という面では遠ざかっていく。
音楽の構造構築というのはつまり、この「反復」と「展開」のトレードオフ(片方を得ればそれだけもう片方を失う)であるわけです。

ですから音楽の構造を説明するには、最低限この2語があればよい。しかしながら和音の世界にも「長」「短」だけじゃなくもう少し言葉があるように、理論を柔軟に発展させていくには、もう幾らか言葉があった方がいい。
それを考慮した結果、マクロ音楽理論では構造分析に際し6つの言葉を使うことにしました。

#4 たった6つの言葉

その「6つの言葉」がこちらです。

要素名 英名 どんなもの
静止 Mute 無音状態
開始 Activation 新しく登場した要素
複製 Replication 既存要素の完全な繰り返し
変形 Variation 既存要素を変化させたもの
抜粋 Extraction 既存要素からの部分的切り取り
液化 Liquefaction 明確な特徴をもたない要素

コード理論のTDSに対して「MARVEL」です。この6つの言葉があれば十分に、様々な音楽構造を平易な言葉で表すことができます。

そして、人間の認知のプロセスから考えて、基本的な音楽の構造構築の流れは以下であると提言します。

MARVEL

これは何ら難しい話ではありません。新しく「開始」させた要素を聴衆の記憶に定着させる唯一の方法が、「反復」することです。それは完全な同形(=複製)か、多少の変化を伴うもの(=変形)か、もしくは要素のうち一部分だけの反復(=抜粋)かのいずれに分類されます。

そして、その反復によって積み上げられた「構造」が最終的に崩れる(=液化)ことで、人間はそこに「区切り」を感じる。それが、聴衆にとっての「展開の把握」、ひいては「感情的満足」に繋がる。

新規に開始した要素は、形を変えながら反復する固化局面Solid Phaseを経て、液化局面Liquid Phaseへと進んでいく。つまり、MARVELの各要素は、以下のような役割をぞれぞれ担っているということです。

要素名 役割
静止(M) 他の要素のために空白を作る
開始(A) 新たな展開を作り出す
複製(R) 純粋な記憶の定着役
変形(V) 記憶の定着を図ると同時に過度な反復を避ける
抜粋(E) 主に液化とセットで用いられ、反復の終了を示唆する
液化(L) 明示的に曲構造を崩し、まとまりの終わりを告げる

ある音楽的要素を「開始」させた際は、適度な「複製」「変形」を用いたのち、最終的には「液化」することでまとまりの終わりを聴き手に認知させる。マクロ音楽理論は、ただシンプルにそれを提言するところから始まります。

『メロディを人の記憶に残す』の記事では、「世界に一つだけの花」のメロディが、曲を通じてたったひとつのリズムの反復で出来ていることを紹介しましたね。
生み出したひとつのメロディラインを活かすことなく次々と要素を開始させてしまうと、それは曲の個性が没するだけでなく、理解・記憶のしにくいものになってしまうことは、避けることのできない必然です。MARVELのチャートは、その当たり前のことを改めて言い直しているにすぎません。

ですから、マクロ音楽理論の理念は簡単です。このMARVELチャートの流れにのっとっていればそれは構造的に分かりやすい音楽であり、逆に「開始」が大量に発生していたり、特徴を持たない「液化」要素があちこちに点々と挿入されているような構造は、聴き手にとって把握しにくいものであるから、一般に好ましくない。そのようにして、音楽の構造美を追求していくわけです。

「抜粋」「液化」がどんなものであるかは、少し解りにくいところかもしれませんね。今回の概論ではまずこれらの言葉の音楽的に意味するところを理解してもらうために、既存の音楽をこの6つで分析するというところから初めていこうと思います。技法とか解釈は一旦置いておくとして。

#5 マクロ音楽理論的な分析例

たとえば有名な童謡「We Wish You A Merry Christmas」のメロディラインを例にとり、MARVEL分析を試みます。メロディは、最も分析がわかりやすい領域です。

MARVEL分析

文章でいえば「まずフレーズが登場して、それを2回変形して、3回目を繰り返しそうな途中でふにゃっとなって終わる」という構造。これをマクロ音楽理論では「A-V-V-E-L」という5文字で表現するわけです。
「We Wish You A Merry Christmas」は、「液化」とは何であるかの比較的わかりやすい例です。最後の「And a happy new year」部分では、そこまでの山型をしたリズミカルなメロディの特徴を全く放棄し、「レシド」という”いかにも終わりっぽいメロディ”になっています。

この「メロディの形状破棄」は、液化の代表的な方法です。これが、音楽における「句点」として作用するわけですね。

#6 汎用性

ま、こんなメロディ分析ならクラシックでいくらでもやられていることです。マクロ音楽理論のポイントは先述のとおり、こういった分析を簡単かつ汎用性のある形で提示して、リズムやコード展開もこの理論ひとつで解釈できるようにしようという点にあります。
マクロ音楽理論では、例えばドラムのリズムパターンも、極めて明快に分析が可能です。


上の音源は、4小節のよくあるリズムパターンですが…

  • 1小節目でパターンを開始
  • 2小節目もほぼ同じですが、スネアが1つ多いので変形
  • 3小節目は最初と全く同じなので複製
  • 4小節目の前半は繰り返しですが、前半分だけ切り取られているので抜粋
  • 最後に後半のフィルインで造形が崩れるので液化です。

まとめると「A-V-R-E-L」となり、先ほどのメロディとけっこう似た構造になっていることがわかります。

こんなふうに、「メロディ」と「リズム」という別々の要素を、同じ言葉で説明できる。これがすごく大事なのです。それこそがマクロ音楽理論の最重要思想であり、わざわざ新規に理論を組まねばならなかった理由です。

統一言語を持つこと

だって、どんな音要素であっても、「展開と反復」という表裏一体の関係、そして人間の「記憶と把握」というシステムは変わりません。そうであるならば、同じ言葉を使って分析し考察した方が、より本質的な「構造美」の技術が見えてくることは間違いないはずなのです
ドラムが最後に手を変える技法には「フィルイン」という名前がつけられていますが、メロディの形状破棄には名前がついていません。コード理論でもそう。例えばBメロのコード進行、2周目サビ前でちょこっと変化をつけるアレンジ技法にも名前がついていません。

IVIVIIImVImIVIVIIIVIm

これはコード編I章で紹介した「クオリティ・チェンジ」ですね。確かにクオリティ・チェンジという名前がついていますが、それはマイナーコードであるIIImをメジャーコードであるIIIに変えたというミクロ的な行為を単に指すだけです。「曲が展開していることを明示するために、変化をつける」という、マクロ的な意味での名前はつけられていない

マクロ的な意味としてココで行われていることは、「フィルイン」と同質のものです。そうであるならば、そこに同じひとつの名前を与えるべきだ。そうすることによって初めて展開できる理論というものが、あるはずなのです。
「液化」という言葉を提言することによってはじめて、「ドラムのフィルイン」「メロディの形状放棄」「コードのアレンジ」を「編曲上の技法」として統一的に述べることができます

もちろんこの3つくらいであれば、今さら論じるまでもない基本的な技法です。でもこの調子で理論を発展させていけば、これまで「うやむや」「なんとなく」「センス任せ」になっていた幾つもの技法を、綺麗にまとめあげていけるはずです。

特にそれは、作曲実践経験の少ないビギナーにとって大きなガイドラインとなります。「開始させた要素は必ず反復させて記憶を定着させ、かつ飽きられる前に破壊する」。そのたったひとつの指標があれば、ベースラインだろうとシンセサイザーの音の展開だろうと、何であっても作編曲の中にひとつの「基軸」が生まれる。それってすごく心強いです。

ここでフィルインを入れるべきかどうか? この境目でクラッシュシンバルを叩くべきか否か? この位置でコードに変化を加えるべきか否か? メロディを展開させるべきか否か? そういった分岐点に立った際に、曲の構造を描写する言葉があるかないかは、とても大きな違いとなるはずです。

6つの要素分類について、「なんだ、こんなの当たり前じゃん」とも思ったかもしれません。

そうです、マクロ音楽理論の発想のスタート地点は、ものすごく当たり前のことです。こんな当たり前のことに、ちゃんと名前が付いてなかったなんておかしいでしょっていう話なのです。
「理論」というのは、突拍子のないものではいけません。「ああ、そんなことか…でも確かに、ちゃんと言語化して考えたことはなかったね」と思える領域こそ、理論化する価値があるのです。

#7 既存の研究との繋がり

マクロ音楽理論は、突然現れた奇ッ怪な理論ではありません。そのぼんやりした概形は、ずっと昔から音楽理論の世界に既に存在しているのです。


“Fundamentals of Musical Composition” p58より引用,
著:Arnold Schoenberg

こちらはシェーンベルクの代表的な著書のひとつですが、上のように「Liquidation(清算、一掃、除去)」という言葉が登場し、「無限に展開しようとする音楽の傾向を中和するために、Liquidationがある」と前置きしたうえで、Liquidationを「特徴的な要素を取り除く存在」として説明しています。

実際のところ、私は大学時代に教授からこの「Liquidation」という単語を”当たり前の用語”として知り、そこから発展させてマクロ音楽理論が生まれました。そう、ここまでいかにも独自理論っぽく語ってきましたが、全然そんなことはない。原型はこういった既存のアイデアに由来しているのがマクロ音楽理論なのです。

ほかクラシック系のメロディ構築理論に関するこちらの記事では、以下のような説明が登場します。

Fragmentation: a breakdown in the size of melodic units
Liquidation: removal of “characteristic” melodic figures

「Liquidation」がまた登場しているほか、「Fragmentation(断片化)」という言葉も登場します。この言葉の指すところはマクロ音楽理論で言う「抜粋」に等しいですね。

また日本においても、「和声」の著者としておなじみの島岡譲氏も、「和声のしくみ・楽曲のしくみ」という著書の中で、このようなマクロ的な音構造について言及しているんですよ。氏の場合はひとつひとつの要素ブロックを「力性局面」と呼び、その局面が連なったひとつのかたまりを「力性プロセス」と呼んでいます。その中で「揺れ」、「安定局面」や「分割プロセス」といった興味深い用語をいくつも発明しているのが見受けられます。

シェーンベルク、島岡譲といった音楽理論の天才たちが、こういった巨視的な理論に言及することは、必然的なことだと私は思います。ちまちました「説明づけ」や「解釈」のための理論なんかじゃなく、本当に良い作品を”作る”ための音楽理論というものを追い求めたとき、「マクロな音楽理論」というのは、「辿り着いて然るべき場所」なのです。

マクロ音楽理論の存在意義

ただし、マクロ音楽理論がユニークな点は、第一にそれを従来のクラシック的なモチーフやコードの理論に留めず、全ての音楽要素に対して用いようとすること。第二にその定義に厳密性を求めず平易な言葉に留めることで、大衆音楽での実践性を保とうとすることです。

「Liquidation」「Fragmentation」、そして「力性プロセス」。絶対に大事なアイデアなのに、日本ではたぶん死ぬほど知られていません。それはやっぱり、クラシックという世界があまりにも高度すぎてとっつきにくく、また他ジャンルにも応用しにくいからでしょう。それは音楽理論という文化の発展を考えた時に、もったいないことではないでしょうか。マクロ音楽理論は、そういった遺産を現代に掘り起こす理論なのです。

まとめ

このMARVELをもとに理論を展開していくと、特に編曲や数小節に渡るフレージングに関する技法をとても説明しやすくなります。それはマクロの視点ならではですよね。
今回は概論を示しただけですが、この6つの「名前」があるだけで、もう色んな分析に活かせそうですよね。さっそく曲の分析やフレーズ作りのヒントにしてもらえればと思います。

マクロ音楽理論は、従来の理論とは全く隔絶した視点からの理論です。従来の理論を、曲に実際に活かしていくための、簡単で実用性のある理論です。知っていけばきっと、理論がもっと楽しくなるはずです。

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