ダブル・ミクスチュア

コード編 Ⅷ章:研究室

この記事は、コード編のⅥ章・Ⅶ章を共に読破した人に向けて書かれています。

#1.和音コンプは目前

もうここまでの段階で、調性音楽で使われる和音はほとんど全て網羅してきました。五度圏で確認しましょうか。

五度圏

こうやって一覧にすると、いかに出し尽くしているかがわかりますね。もう借りれる和音はドンドン借りてきた。しかしまだ言及されていない和音が3つだけ残っているようです。

残り

Gm・Dm・Bmの3つだ!コイツらをどうにか使えないか、考えてみましょう。それが最後にやるべきことです。

#2.同主調平行調同主調借用和音

それぞれ、ディグリーに直して考えますね。Gm,Dmは、それぞれ異名同音であるAm、Emに直した方が、説明が明快なのでそうします。

ディグリー

IIImVImVIImは、理論的に解釈するとすれば、3つとも同主短調の平行調の同主短調からの借用和音と言えます。つまりキーCだったら、Eマイナーから借りてくるということ。要はパラレルマイナーコードにクオリティ・チェンジを施したものという認識が最も運用しやすいでしょうね。

ですから用法としては、パラレルマイナーそれぞれの代理として使うことになりそうです。やってみましょう!

IIImの用法

IIIbm

今回IIIの用法の中でもベタな、IIImIImへの下降のつなぎ、経過和音として使うパターン。これで試してみます。

VIVIIImIII6IIm7V7I

このIIIをマイナーに変えるんですね。そうすると…

VIVIIImIIIm6IIm7V7I

なんだかイイ感じになってますね!サブドミナントマイナーの時のような切なさがあります。
こんなに素敵な和音ですが、使われている曲は見たことありません。9割方の人間はIIIにしただけで満足しちゃいますから、それをさらに発展させようとは思わない。これはチャンスですね…!
ちなみに、6thで使うのが一番綺麗ですね、増四度がイイ効果を生むのだと思います。

6thにしたばあい、構成音としてはIIdim7に近いところがあります。だからIIImIImの間に挟まったコイツはパッシングディミニッシュに近い。

IIIbm6

ですが、IIIm6のばあいディミニッシュでないだけ安定感がありますね。もちろん6thじゃない使い方もあるでしょうし、可能性を感じるコード、それがIIImなのです。

VIImの用法

こちらもマイナーとなると、かなりかけ離れた感じが。レの音がレ♭になるだけで、あらゆるダイアトニックコードとの相性が悪くなってしまうのです!主音であるドの音の、すぐ上ですからね。
そこで、9thの音を足すとかなり親和性が高まります

VIIbm

9thは必然的に調の主音になりますから、メロディも乗せやすい。実際にやってみましょう。

V7/IVI/IIIIImIVIIM9Vsus4V7

Iから降りてVIIに至るという、よくあるパターンです。これをマイナーにしてみると下のようになります。

V7/IVI/IIIIImIVIIm9Vsus4V7

これもなかなか雰囲気ありますね!なんたってEマイナー調からわざわざ持ってきた和音ですからね、格調高さがありますし、やはりサブドミナントマイナーのような、マイナーならではの切なさがあります。

実例

このⅦmについては、実例が存在します。たとえば、ホルストの「金星」。

序盤の静かなところですね。IIm9から始まって、2-3-4-5-6とダイアトニックを上がっていき、そのままVIImまで突入するという、まさに無重力というか、宇宙を感じさせる構成になっています。
この部分は、下行する高音部と上行する低音部が綺麗に反行形で収束していくという、和声的にも極めて美しい構成になっています。やはり異次元の美というのは、異次元の技巧から生まれるものですね。

現代ポップスでの例

ポップスでは、かなり近似したVII9sus4の実例があります。合唱曲の名曲「フェニックス」です。

「フェニックス」を三連呼するサビラストのところの、2回目の「フェニックス」の時が、Ⅶ9sus4になっています。

9sus4

ちょっと、似ている3つのコードをまとめてみました。左がパラレルマイナー・コードとしておなじみのやつ。真ん中がいまさっき紹介したコード。右がフェニックスに使われているコードです。sus4ということで、厳密にはⅦmではないんですけど、ただわざわざ長3度を避けてsus4にし、普通はない短7度を積んでいるのは、平凡なⅦを避けてその先へ行こうとする意図が感じ取れます。

このパートはサビ最大の盛り上がりであり、フェニックスが持つ強さ、熱さ、そして飛び立っていく高さを表現したい。Ⅶは浮遊感こそありますが、強さは無いんですよね。しかしマイナーにするのも暗くなるかということで、sus4に落ち着いたのでしょう。sus4なら浮遊感も増しますし。

VIImとsus4、ドミナント9thコードと、ひとつひとつの要素は当たり前ですが、組み合わせることで新しいサウンドが生まれる。やっぱりこの一音レベルでのこだわりが、この美しい伴奏を作り上げているのです。

VImの用法

VImは、構成音で言うとVm(-5)に近いところがあります。III7のルートを消したヤツですね。

これはかなり使いづらいです。9thまで積んでもフラットばっかり。唯一の繋がりは、3rdにある導音だけですので、メロディにそれを使ってあげる他ないでしょう。

VIbm

まずは普通の状態の音源を聴いてみます。

IVM7IIm9VIm9Vm(-5)

ちょっと、VIm用にあつらえたので、少し不自然さがありますね。では、このラストをVImにしてみますよ。

IVM7IIm9VIm9VIm(-5)

・・・まあ明らかに転調感が出ちゃってはいますが、メロディがかろうじて繋ぎ止めているというか、そんな感じでしょうか? ギリギリのラインですね。正直、かなり導入はしにくい。「サイド・ステッピング」の頭とかになら使いやすいです。

side stepping

2小節目の頭がVImです。結局転調しちゃってますから、調の中に導入できたとは言い難いですけど・・・まあVImから流れてきやすいということは覚えておいて損じゃないと思います。
そんなわけで、3つともかなりクセが強い。特にVImはジャジャ馬です。

#3.ダブル・ミクスチュア

そして、こんな影の薄いコードにも一部流派においては名前がつけられていて、ダブル・ミクスチュアDouble Mixtureと呼ばれます。
一部流派では「借用和音」のことを「別のモードを織りまぜる」という意味で、「Mode Mixture」という風に表現していて、その説明の延長上にこのコードたちが登場するのですが・・・
まず同主調から借りてくるパターンを「Simple Mixture」といいます。

シンプル・ミクスチュア

もちろんCmキーがCキーから借りてくるのも、Simple Mixtureです。
さらに、平行調を同一視してあげることで、平行調の同主調からコードを借りてくる行為を「Secondary Mixture」と言います。

セカンダリー・ミクスチュア

Ⅵ章でやったパラレルメジャー、それから今さっき紹介したEm調からの借用はこれに含まれるわけです。
さらに、Cmキーを通り越してCキーがEmキーからコードを借りるというのは、2段階の移動をしていることが分かります。比喩的に言えば、Cmが他所様から借りたコードを又貸ししている状態ですからね。
したがってこの状態を、「二重に借りている」ということで、「Double Mixture」と呼ぶのです。

ダブル・ミクスチュア

これってEmキーからすれば、勝手にシェアされて又貸しされて、なんやねんという状態ですね。

この「モード・ミクスチュア」は決して一般的な用語であるとは言えませんが、「Harmony and Voice Leading」といった本格的書籍にそのような記述が存在しています。まあ、「同主調平行調同主調借用和音」と呼ぶよりは、「ダブル・ミクスチュア」の方が親しみやすいですから、良いのではないでしょうか。


さて、この段階で基本的なコードは全て網羅したことになります!
他にもマイナーメジャーセブンスやディミニッシュといった特殊コードとか、あるいはルートがVIにしたってVI7なんかは結局導入できずじまいですが、これはもう調性音楽の世界を飛び出してしまうので、もう個別に紹介するべき内容ではありませんね。今回でひとつ大きな枠組みを制覇したことに違いはありません。おめでとうございます。

#3.おわりに

ついにここまでたどり着きました。ここがコード編のエンディングです。

コンプリート

といっても、もちろんここが終わりではない。ある意味、ここがスタートラインです。コード世界の全体像を見渡す「地図」を、ようやく手に入れたってことですからね。
それにⅤ章では「トーン・クラスター」や「四度堆積和音」、Ⅵ章では「サイド・ステッピング」や「ii-Vチェーン」、Ⅶ章ではコードネームに囚われないハーモニー構築の可能性など、アイデアを果てしなく拡張させる理論がたくさんありました。探求できる「未開拓」のエリアは、まだまだたくさんあります。

例えばIVmM7以外の場面でのマイナーメジャーセブンスの活用法なんかを発見すると、またひとつ世界が広がりますよ。そうした次元まで行くと、やはりヴォイシング、テンション、ヴォイス・リーディング、前後のコンテクスト、メロディの位置取り(シェル編成)等によって成立度が大きく変わってきます。コードの研究に終わりは無いのです。

思い返してみて、どうでしょう? きっと今は、理論を知らなかった頃よりずっと自由になれているはずです。むしろ理論を知らなかった頃は、自分が経験してきた音楽の「枠」に知らずのうちにはまっていたことに気づくと思います。今は本当に自由。真の自由です。本当に独創性のある、自分だけの音楽を追求していってください。

コード編はもう少し先まで記事が続いていますが、ここから向こうはいわば「ゲームクリア後のおまけ」、「やりこみ要素」の世界に突入します。音楽理論のさらなる奥地へ進んでいきたい人は、読み進めてください。

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