接続系理論 ⓬ ファントム・フリー

コード編 Ⅷ章:研究室

#1 接続系理論をもう一度

今回は、接続系理論の続きです。I章の段階ではユーザビリティを最優先にして「接続系統」という粗めの5分類を行いましたが、何もそれだけが唯一の分類法ではありません。接続系理論の根本思想は、3つのコントロール・ファクターを元に曲想を論じる点にありますからね。

TDS機能
コードの長短
ルートの変化

この3つの「ものさし」自体も、まだセブンスコードすら学んでいない時に解説したものですから、度数は簡易度数、コードクオリティもメジャーかマイナーかの二択と、ずいぶんビギナー向けです。本格ジャズ理論、本格古典派理論を経た今なら、もっとふさわしいフォームがあるはず。ちょっと、アップデートをしていきましょう!

アップデートの方針

しかし音楽理論とは我々にとっては「ツール」であり、使い道が想定されていなければ無意味です。そこで今回は、不定調性の状況下での作曲の指針となるようなアイテムというのを目標にして、仕上げていきたいと思います。
調性をどこかに安定させないような曲。その作り方は、これまでほとんど感性頼みでした。理知的にそれを行うというのは、すごく難しい行為です。その点ジョン・コルトレーンの「Giant Steps」なんかは、理性的な美しさと奔放さが共存していてスゴイですよね。

こういうロジカルかつ自由な曲を、作りたいわけですよ! でもそれはけっこうむずかしい。

むずかしい

そんな中、不定調性やマルチトニックシステムの作曲ツールとして、接続系理論は適任です。というのも接続系理論は2コード間の相対的な連結を論じる理論であり、「TDS」をファクターの1つとしている点を除けば、調性に全く依存していないからです。

IIm-Vの動き

完全四度上行だから自然かつ力強い、マイナーからメジャーだから開放感がある。それって、不定調性下でも同じことが言えるはずです。だから、ちょこっとアレンジを加えてあげれば、絶対に即戦力になります。

中心軸システムと手を組む

しかし接続系理論をアップデートするには、不定調性におけるTDSの扱いを何とかしなければなりませんから、何かプラスアルファで頼りになるコンセプトが必要になります。それなら、最適の仲間がいますね。中心軸システムです。

中心軸システム

中心軸システムの肝要は、豪快に「ルートによってTDS機能を一意に定められる」としてしまう点です。これなら割と、不定調性内でのアイテムとして使い勝手が良さそう。じっさい、コルトレーン・チェンジなんかも中心軸システムで眺めると解りやすいのだし、相性は良いに違いない。
思えば中心軸システムも、このコンセプトが面白いわりに、そこから先どう展開していくかに関して肝心のエルネ氏がほったらかしでしたから、イマイチ世間が活用しきれていないところがあります。

だからここで「中心軸システム」と「接続系理論」をうまく噛み合わせれば、双方にとっての利益。ウィンウィンの関係というやつで、相乗効果で良い作曲のコンパスになりそうです。なんだか楽しいことになりそう! この方向で話を進めていきますね。

コードクオリティのアップデート

初期の段階ではまだ「メジャー」か「マイナー」か程度の二択で済ませてきましたが、特にジャズ理論を通り過ぎた今となっては、「メジャーセブンス」と「ドミナントセブンス」ではやることがまるで違ってくることはもはや明白です。そうすると、コードクオリティは少なくとも4種類、想定する必要がありますよね。

  • メジャーセブンス
  • マイナーセブンス
  • ドミナントセブンス
  • マイナーメジャーセブンス

ただし、「マイナーメジャーセブンス」だけは、基調和音や二次ドミナントの範囲まで進んでも登場しない、特殊なコードです。平生でこの子に出会うのは、パラレルマイナーのIVmを使ったときくらいですね。
そこで、本来は分類せねばならないのですが、この記事内においてはひとまずこれを除外し、「メジャーセブンス」「マイナーセブンス」「ドミナントセブンス」の3つだけに集中することにします。

コードクオリティのアップデート

度数分類をアップデート

接続系の系統分類は、度数においてはかなりザックリでした。「長2度」も「短2度」もひとまとめだし、上行も下行もひとまとめ。
しかし、「中心軸システム」と併用するアイテムとして考えるのであれば、度数の長短も、上下も、しっかりと分けてあげる必要があることは間違いありません。「移動なし」も含めると、度数の変化パターンは当然12種類になります。

度数のアップデート

TDSをアップデート

では、TDSはどうなのか? 実は、不定調性内においてTDSほど頼りないものはありません。中心軸システムを実際に運用するような環境においては、我々が平常状態で考える「サブドミナントらしさ」とか「ドミナントらしさ」みたいなものは、極めて希薄です。それは、中心軸システムの回で既に確認しましたね。

一例

このドミナントが、果たしてドミナントに聴こえるのか? という話です。それもそのはず、転調すればTDSの軸の角度だって変わっちゃいますからね。「ドミナント軸のコードならば不安定」みたいな単純な論理は、不定調性の中心軸システム下では成立しないのです。
とはいえまあ、「ドミナントらしさ」とかはさておき、「3つのグループに分かれる」という核心部分は依然として重要ですし、不定調性下でも感じ取れますよね。「短3度上行」ならTDSは「停留」するし、「完全4度上行」ならTDSは「前進」、「長2度下行」なら「後退」する。そのコンセプトは大事。
でも、あれ? こうやって考えたら、わざわざTDSをひとつのファクターと見なさなくってもよさそうです。だって、中心軸システムをベースにするのであれば、度数が決まればTDS変化も自動的に決まることになりますから

  • 短3上行 = TDSは「停留」
  • P4上行 = TDSは「前進」
  • 長2下行 = TDSは「後退」

こういうことですよね。ですから、まあ曲想を分析する際にTDSを論じるのは良いですが、組み合わせ的に考察するにあたっては、TDSは「独立したFactor」とみなすより、「ルートの度数変化に付随するAttribute」として考えた方が、スムーズにいきそうです。そうしてしまいましょう。

TDS変化

ここまでのまとめ

さて、それでは改めて考えます。「コードクオリティ」を3種類に絞り、「度数変化」を12種類に細分化し、「TDS」を度数へと統合しました。そうなると、コードのクオリティ変化と、ルートの度数変化の組み合わせ・・・つまり「あるコードからあるコードへの相対的な進行」というのは、何種類に分けられるでしょうか?

考えてね

では答え合わせ。正解は、3×3×12で、108種類です。

108種類

・・・思ったよりは、少ないですよね? 人間の煩悩の数と同じです。
というのも、これは「相対的な変化」に着目しているからですね。ようは、調性音楽においてはIII7VIm7VI7IIm7では全然意味が違いますが、「調性が曖昧になった世界」では、そもそもIがどこだかハッキリしない。だからこの2つは「どちらも同じドミナントセブンスからマイナーセブンスへの完全四度上行」として、同一視してしまう他ありません。
その結果が、108種類ということ。そう考えれば、この数の少なさには納得がいきますね。
ちなみに、マイナーメジャーセブンスまで勘定に入れると、4×4×12で192種類まで膨れあがってしまいます。ハーフディミニッシュとディミニッシュセブンスまで入れたら、432種類。やはりこうしたコードたちは例外的存在として、一旦置いておくべきでしょう。

そんなわけで、ここまででまずひとつ、小さな結論。
トーナル・センターが曖昧になった「不定調性」の世界(「無調」とは違う)においては、コードの「相対的な進行感」は、たったの108種類に分類が可能である。

#3 ファントムの存在

そうはいっても、108種類。それとどう向き合えば、どう分類すれば実践的な知識として作曲に活かすことが出来るでしょうか?ちょっと先ずは、12種のルート変化のうち、どれかひとつに着目して考えてみますね。
今回材料にするのは、「完全四度上行」です。P4上行だけに限定して、考察を進めてみましょう。

P4

この9種類からどう話を進めていくか? 今回考察したいのは、新しくって実践的な分類です。すなわち、この9つのコード接続を、「普通の接続」と「レアな接続」に分類するのです。

普通 OR レア

身も蓋もない分類で、笑っちゃいますね。でも、大マジメです。だって、せっかく「中心軸システム」なんて奇ッ怪なコンセプトを持ち出したのに、出来上がるコード進行が普通だったら意味ないじゃないですか。
あるいは、普通の接続とレアな接続がアトランダムに混在してしまうのも、芸術として面白くない。その辺りを、自分でコントロールしたいじゃないですか。

だから、この「Common or Rare」という価値観は、中心軸システムを使った不定調性の作曲においてとても重要なのです。

Common or Rare

では、何をもって「普通の接続」とみなすか? それはもちろん、「聞き馴染みがある」ってことです。そして聞き馴染みがあるってことは、出現頻度が多いということ。そうなると、先ほどの9つのP4上行の中で、最も普通と言えるのは何になるでしょうか?

クドクドと論じるまでもありません。「ii-V」が代表する「m7→7」と、「V-I」が代表する「7→Δ7」に決まってますよね。特に転調が頻繁なジャズ理論では、この2つの強力なモーションに、ほぼ頼りっきりです。この接続が「普通」だからこそ、他の部分が複雑であっても曲として成立している。ジョン・コルトレーンの「Giant Steps」でも、V-Iの強さを利用してマルチトニック環境を構築していました。


この2つに限らず、基調和音内で作れるコード進行は、圧倒的に出現頻度が高く、ひいては聞き馴染みがあるはず。では他に、基調和音内で作れる「完全四度上行」って、何があるでしょうか? ちょっと全部リストアップしてみましょう。

完全四度上行

基調和音内だとP4上行の動きは、5つしかありません。古典派短調での定型であるIII7VImも大目に見てに基本に加えてあげると、6つになります。
⑤m7→m7」は2つあるので、上に乗るスケールがどうなるかまで聴かないと、二者の判別がつきませんね。そういう意味で、これはちょっと特殊と言えます。
以上のように考えていくと、「完全四度上行」の中でも、以下5つはずば抜けて頻度の高い、普通の進行であると言えます。

  • ①Δ7→Δ7
  • ⑤m7→m7
  • ⑥m7→7
  • ⑦7→Δ7
  • ⑧7→m7

たとえ不定調性のさなかであっても、これらの進行を聴いた瞬間、我々の心にはいつもどおりの「基調和音の世界」が浮かび上がってきます。「m7→7」を形作るのは、基調和音世界ではii-Vだけ。だから、ii-Vは強いのです。それはI-IVやV-Iも同じ。どこにいたって、どんなにトーナル・センターが乱れたって、ii-Vが鳴った瞬間、すぐに我々の心はii-Vを認知するのです。


だから、コレこそが我々が思い描く「TDS感」の正体なのです。

不定調性界では、TDSはしょせん平等な3つのグループ。そこに我々が慣れ親しんだ「TDS感」なんてものはない。「TDS感」の本当の正体は、ii-Vであり、V-Iであり、そういった「聞き慣れた進行たち」なのである。接続系理論では、そんな風に考え方を逆転させます。

ファントム

我々が音楽を認知しようとするとき、まず「聴き慣れたもの」に当てはめて理解しようとするのだと考えられます。その結果、完全四度上行での「m7→7」の動きには、常に「ii-Vの影」がつきまとうことになる。
もちろん理論を知らない人は「トゥー・ファイヴ」などという名前は知りませんが、それでも「ii-Vの時に得られる情感」を、不定調性内であってもやはり同様に得ることができるでしょう。

このように、あるコード進行を聴いた時に、我々の記憶と認知によって引き起こされる「仮想のディグリー感やTDSの機能感」のことを、接続系理論ではファントムPhantomと呼ぶことにします。
一般人は情感的にしかそれを知覚できませんが、音を言語化し、かつ相対音感を鍛えた我々にとって、「ファントム」はかなり“くっきり見える”存在です。

第一ファントム (Primary Phantom)

基調和音内のコードによる「ファントム」は、とても強力です。だからこそ、「二次ドミナント」や「ii-Vチェーン」が成立するわけです。この「基調和音内のコードによるファントム」のことを、第一ファントムPrimary Phantomと呼ぶことにします。

第一ファントムP4上行における「第一ファントム」

より正確にいえば、「m7→7」「7→Δ7」「Δ7→Δ7」の3つが完全に純粋な第一ファントムであり、古典派短調定型の「7→m7」は、ナチュラルマイナーが当たり前の今日においては強さがわずかに劣り、スケールの補助がなければ「解釈のブレ」が生じる「m7→m7」はさらに不純であると言えますがね。現状では、まだそこまでの区別はせず、ひとまとめで「第一ファントム」とします。

TDSが確定しない「m7→m7」を除いた4つのファントムは、我々に「聴き慣れたTDS感」を想起させます。例えばΔ7のP4上行をひたすら繰り返していると、新しい和音は常にサブドミナントらしく感じられるということです。(m7→m7も、上にスケールの演奏が乗っかればおおよその調性が構築され、TDS感を生み出すでしょう。)

Δ7 → Δ7 の反復

こちらはずっとΔ7で、P4上行を繰り返す音源。2周してるんですけど、切れ目が分かりますか? P4上行と言えば五度圏上の移動ですから、12回で一周です。でも、13回目に戻ってきたCΔ7は、1回目と全く同じ「CΔ7」であるにもかかわらず、その手前のGΔ7の影響を受けて、かなりサブドミナントらしく感じられます

それがまさに、「GΔ7→CΔ7」という、Gメジャーキーにおける「I-IVのファントム」を我々は見せられているということです。

そういえば、メジャーセブンスの強進行が、こうやって無限に連鎖してもとても自然に聞こえるというのは、これまで紹介していませんでしたが・・・このコード編Ⅷ章まで進んできたあなたなら、多分もう自力で発見してますよね。

第二ファントム (Secondary Phantom)

和音の世界をもう少し外まで広げれば、ファントムのパターンはもう少しだけ増えます。「二次ドミナント」まで考慮に入れれば、「⑨7→7」が登場しますね。どの進行だか分かりますか?
II7V7とか、あるいはレアですけど二次ドミナントを二連発するIII7VI7とかですね。
ですから、基調和音内のパターンと比べれば遥かに弱いものの、ここにも幾らかの「想起力」があると考えてよいでしょう。この「二次ドミナントを含むファントム」のことを、第二ファントムSecondary Phantomと呼ぶことにします。

第二ファントムP4上行の第二ファントムは1つだけ

とはいえ、「第二ファントム」がもつ想起の力は、第一と比べれば遥かに弱いです。

7→ 7 の反復


お聞きのとおり、ディグリー感はあまり感じられません。しかし強いて判断するのであれば、やはりII7V7の影が一番強く感じられると思います。
その“影”の強さは、当然聴いてきた音楽経験に左右されますよね。ドミナントセブンスの連続は、それこそブルースやロックンロールでも存在するパターンですから、そちらの音楽をよく聴いていれば、「ドミナントセブンスの連続=ブルース的」というイメージを想起する人もいるかもしれません。たいていの人間には、「ジャズ的」と感じられるのではないかと思いますけども。

さて、これよりも頻度の低いパターン・・・すなわち同主調借用や裏コードなどになってくると、もうii-Vの時のように「進行を聴いただけで特定のディグリー感が想起される」ということは無いでしょう。

#4 ファントム・フリー (Phantom Free)

「ファントム」は、毒にも薬にもなります。ある見方をすれば、それは不定な調性であっても聴き慣れた「ii-V感」や「V7-I感」を味わわせてくれるものであり、その力に助けられて成立しているのが「ii-Vチェーン」であり「コルトレーン・チェンジ」であるわけです。
一方で逆の見方をすれば、そういう「ファントムの力」に頼っている限りは、「聴き慣れた世界」から脱することが出来ないともいえます。
そこで、今回ここから先考えていくのは、ファントム・フリーPhantom Free。つまり、「ファントムが存在しない進行を積極的に採用することで、従来とは違う曲想を生み出すことは出来ないだろうか?」という考察をするのです。

ファントム・フリー

考えてみれば、ジャズ理論というのは基本的に、ドミナントモーション、トライトーンの解決、トゥーファイヴの動きといった「強いモーション」に頼りっきりです。その結果として、転調の自由度は増しました。それはそれで素晴らしいこと。でも、表現を追求する人間としては面白くないですよね。どこまでいったってトゥーファイヴ頼み、ドミナントセブンス頼みなんですから。

だから、そこから意図的に離別する。それが、ファントム・フリーなのです。

ファントム・フリーを見つける

先ほどあげた9つのパターンのうち、5つが「第一ファントム」、1つが「第二ファントム」でした。残る3つは、我々が聴き慣れた調性音楽の記憶が見せる幻の影響を受けることのない、「ファントム・フリー」のコード進行です。

ファントムフリーP4上行における「ファントム・フリー」の進行

念のため確認すると、普段の調性音楽の世界でのP4上行で、このコードクオリティ変化が起きるパターンは、何があるでしょうか?

考えてね

代表的な可能性としては、以下のようなものが考えられます。

クオリティ パターン 使用する技法
Δ7→m7 I7IVm7 パラレルマイナー
m7→Δ7 Vm7I7 パラレルマイナー
Δ7→7 IV7VII7 トライトーン代理(発展)

しかし、いずれにせよ滅多に目にすることのない進行ですし、調性もかなり乱れる進行ですから、これらの質感が「ファントム」として想起される可能性はゼロでしょう。
ただし「メジャーセブンスからドミナントセブンス」については、ジャズがとにかくなんでもドミナントセブンスに変えてしまうところがあるので、他と比べると、「なんかよく分かんないけどジャズっぽい」という気持ちを想起させる可能性はありますけどね。

Δ7 → 7 → Δ7 → 7 の反復

うん、やっぱりジャズっぽいなというのと、それからこのループだと繋ぎ目の「7 → Δ7」が単なる「V-I」になっちゃってますから、ちょっと微妙。今回やりたいことが達成できそうにありません。

m7 → Δ7 → m7 → Δ7の反復


一方こちらは、強進行しながらマイナーセブンスとメジャーセブンスを繰り返す例。こちらは「m7→Δ7」「Δ7→m7」の両方がファントム・フリーですから、ファントム・フリーだけでコード進行が構成できている優秀なパターンです。
どちらも、予想以上に聴き慣れない感じがしますね。そしてヴォイシングやフレージング等の工夫をしていない現状では、少し断絶感が感じられます。聴き慣れないパターンだから、脳が既存の記憶に当てはめられないのです。
コレ、かなり大事なことです。「メジャーセブンスから強進行してマイナーセブンスに行く」とか、「マイナーセブンスから強進行してメジャーセブンスに行く」というのは、実はメチャクチャ”影の薄い”コード進行だったんですね。そんなこと、あまり意識したことがなかったと思います。なんとなく、「強進行=ありふれた進行」だと思い込んでしまっていたフシ、ありませんか?
だから、P4上行に限らず全ての進行で、「第一ファントム」「第二ファントム」「ファントム・フリー」を分類してあげることで、我々のその進行に対する「慣れ親しみ度合い」を自覚することができ、それを元にして、「聴きやすい」方にも「聴き慣れない」方にもコントロールすることが出来る。そう言えますね。

では早速、この進行を使って曲を作ることにしましょう・・・。


実際の作曲で実験


こちらが実際にファントム・フリーを実践した曲です! ガッツリJazzで1曲作りました。コード進行は、さっきのピアノサンプルそのまま。Cm7をスタートにして、P4上行でm7とΔ7の繰り返し。五度圏をくるくる回って、6小節で1周します。

時計回りのコード進行

大げさかもしれませんけど、私はコレは音楽理論的に最も美しいコード進行のひとつだと思います。一切の虚飾、欲求、揺れを削ぎ落としたロジックの美です。ぜひひとつひとつのコードクオリティを噛み締めながら、普通のii-Vとの違いが認知できるまで聴いていただきたい。
聴いてみていかがでしょう?
思った以上に、「いつものii-Vっぽい」ですね。それはきっとジャズというコンテクストが大きい。ドミナントセブンスとメジャーセブンスは、7度の音が違うだけで、基盤がメジャートライアドなのは同じですから、脳が強制的に近似した進行に当てはめて解釈している感じがあります。
ただ、よく聴くとやはり、違いは歴然です。ドミナントセブンスがいたずらに不安を煽り立てる悪魔的コードであるのに対し、メジャーセブンスはそれ単体で美しく完結している天使のようなコードですから、総体として得られる幸福感の量が違いますね。ii-Vチェーンでは得られない、「メジャーへの解決感」がそこかしこに感じられます。
ソロのフレーズもだいぶ変わってきます。通常の「ii-V」の場合は、この2コード間はひとつのペアレント・スケールで演奏できます。DmG7だったら、Cメジャースケール。だからこの2コードは、単一の調性内に収まることができます。
でも今回の「m7→Δ7」の場合、たった2コード間でもキーやスケールが分断します。だからこの曲は、分析をするなら2拍ごとに転調しているという他ない。結果として、今回のソロは「アウトサイド」的な演奏を全くしていないのですが、それにもかかわらず枠から外れたように感じられる箇所が何度もあります。上の音源は打ち込みだから演奏できてますけど、このコード上で人間が即興演奏を弾くのは、相当難しいでしょうね。

ちなみにこの曲は132小節あるので、合計264回転調してることになります。まあ、不定調性環境では、転調なんてあってないようなものですけどね・・・264回・・・フフフ・・・。

こちらは、今回取り上げなかったP4上行以外のルート移動でファントム・フリーだけに限定した進行をしてみた別の例です。やっぱり、普段聴き慣れたコード感が全く想起されず、ただフワフワと宙を漂っています。
相対音感がかなり鍛えられてくると、たとえ不定調性内であっても、例えば「m7」から半音下行して「Δ7」に進んだりすると、その瞬間だけ「VIm7VI」が想起されるような時ってありますよね。ファントム・フリーには、それすら存在しないのです。
だから、ひとつひとつのコードクオリティは聴き慣れたm7やΔ7だけど、トーナル・センターが見えてきません。

#5 ファントムとスケール

先ほどはコードクオリティだけに着目して「9とおり」としましたが、実際のバリエーションはもっと広い。というのも、スケールの選択肢があるからですね。スケール選択においても、ファントム・フリーの進行は自由度が高く、表現の幅が広いです。
例えばii-Vであれば、iiの方はまあドリアン、Vの方は基本ミクソリディアンで…と基本型が決まっています。
ところが「m7→Δ7」は、発想の元となるキーが存在しませんから、「定型」がありません。マイナーセブンスの方にはドリアンかエオリアンあたりを、メジャーセブンスの方にはアイオニアンかリディアンを当てるのがまあ基本になりそうですが、その組み合わせ次第で、我々が想起するディグリー感、機能感はまたもや変わってきますね。

モードとファントム

我々の「記憶と認知」という話から考えると、当然ドリアンはIImを、エオリアンはVImを、アイオニアンはIを、リディアンはIVを想起させるモードと言えます。
(もちろんVIm上でドリアンを演奏する、いわゆる「ドリア旋法」の曲もありますけど、それは例外的ですから、「ファントム」としては薄くなります。)
ファントム・フリーのコード進行においては、どのモードを選択するかはとても大事。例えば先ほどのジャズ音源では、なるだけ「ii-V感」から遠ざかるように、マイナーセブンスの時は基本的に「エオリアン」を選択しています。メジャーセブンスの方は「アイオニアン」が基本。
だから、普通のii-VチェーンがSDSDという連続を感じるのに対し、上の曲はなるだけTTTTっぽくなるようにしているわけです。結局「P4上行=機能が前進する」という“刷り込み”には勝てないので、機能は変化して感じられますが・・・でもモードがそれに反抗しているため、曲想はなおさら独特なものになっているとも言えます。

だからここまでのお話も、正確を期すならばコードじゃなくスケールで考えなければいけないんですよね。例えば「P4上行でm7→7だったら、それはii-V」とは言ったものの、マイナーセブンスの時のスケールがもしフリジアンスケールだったら、どうなってしまうかなというところです。そこにもまだ、発掘の余地があります。

#6 まとめ

けっこうな長話だったので、内容をもう一度まとめましょう。

不定調性内での作曲にまつわる悩み

不定調性での作曲においては、コード進行の構築にあたって発想の元となるものがあれば、アイデアを練りやすい。ルートの変化、コードクオリティ変化がアトランダム、気持ち次第で適当に進んでしまっていては、意味や主張を感じられず、曲としての魅力に欠けてしまう。

記憶と認知が生み出す「ファントム」の存在

トーナル・センターが安定せず、「ディグリー感」が希薄である不定調性環境においては、あるコード進行を聴いたとき、それを「最も聴き馴染みのある進行」として解釈しようとする働きが我々には備わっている。
「マイナーセブンスからドミナントセブンスへの強進行」を聴くと、我々はそれを第一にIIm7V7として認知する。
その認知の強さは、聴いてきた音楽によって変化するが、それが一般的な進行であればあるほど、強度の普遍性は高い。間違ってもii-Vを第一にVIm7II7だと認識する人間はいない。コード進行とディグリーの想起には、優先度がある。聴いてきた音楽経験による個人差もあるが、ii-Vのような強力な進行であれば、個人差は皆無。

この「不定調性内で、これまでの聴覚経験から否応無しに想起させられる“仮想のディグリー感”」のことを、接続系理論では「ファントム」と呼ぶ。

接続系理論の拡張

「接続系理論」を不定調性向けに最適化し、不定調性内で使えるアイテムにアップデートする。
コードクオリティやスケールに制約のない不定調性内ではT・D・S本来の意味はほとんどなくなり、三者はほとんど平等な存在になる。そのため、不定調性向けの接続系理論では、TDSを分類の物差しから除外し、「コードクオリティの変化」と「ルートの度数変化」のみに着目して理論を構築する。
その際、コードクオリティをマイナーセブンス・メジャーセブンス・ドミナントセブンスの3種類に絞れば、生み出されうるコード接続のパターンは108種類となる。
「本来のTDS感」を失った不定調性内において、それを取り戻してくれるのが「ファントム」である。例として、ii-Vを用いさえすれば、そこに一時的な調性が生まれる。ファントムは、その一時的な調性を生む元素である。では、どれくらい調性音楽らしくし、どれくらい不定調性らしくするのか? それをコントロールするためには、「ファントム」の存在を理解し、うまく利用しなくてはならない。

基調和音同士の進行、および古典派短調様式での基本的な進行は、極めて聞き馴染みがあるため、想起される優先度や強度がずば抜けて高い。これらが生むファントムを「第一ファントム」と呼び、和音の範囲を二次ドミナントまで拡張した際に初めて現れるものを「第二ファントム」と呼ぶ。第二ファントムは、第一と比べると「想起させる力」はかなり希薄である。

ファントム・フリー

それぞれの度数について、聞き馴染みのないコードクオリティの変化パターンが存在する。ファントムを想起させない進行を「ファントム・フリー」であると言う。ファントム・フリーの進行を積極的に用いることで、調性音楽内では生まれづらかった曲想を意図的に生み出すことができる


最後の結論が、いちばん大事ですね。たとえ中心軸システムを使っても、普通の音楽の“影”を宿しているコード接続では、実際の目新しさというのはさほど生まれない。
ファントム・フリーのいいところは、ポリトーナリティやトーン・クラスターなどと同様に、手ぐせではそうそう出てこないサウンドが意識的に作れるという点です。手ぐせに頼ると、どうしても「ファントム」に影響されます。珍しいコード進行は、思いのほか出づらいのです。
そこでコードの動きを「ファントム・フリー」に絞れば、驚くほど簡単に「聞き馴染みのないコード進行」を見つけ出すことができ、しかも度数やクオリティの側面から、統一性・意味性の高い進行を編み出していくことが出来る。しかも、augやdimに頼らない、M7・m7・7という「ポピュラー音楽のサウンド世界」の中でです。
もちろんサウンドとしては聞き馴染みのないものになりますから、音の配置(Voicing)や声部連結(Voice Leading)、メロディラインのうまい取り方などで音響を成立させる技量は必要になりますけどね。
それを差し引いても「ファントム」は、ポピュラー音楽での実験的な作曲において、驚異的に「運用性」の高い、実用的な作曲理論なのです。
この記事内で紹介したのは、P4上行のみ。短三度上行のファントム・フリーは何があるか? 短二度下行はどうか? そう、まだまだ発掘されていないコード進行はたくさんあるかもしれないのです。ぜひ色々と試してみてください。