陰陽和声(ネガティヴ・ハーモニー)

コード編 Ⅷ章:研究室

#1.ネガティヴ・ハーモニーとは

ネガティヴ・ハーモニーNegative Harmonyは、Ernst Levyという音楽学者が「A Theory of Harmony」という書籍内で提唱しているひとつの理論。Jacob Collierという注目若手アーティストがその理論について言及した動画がYouTubeに上げられたことによって、大きな話題となりました。
「ネガティヴ・ハーモニー」という名前は、ちょっと長いし、ネガティヴという単語に日本人はそんなに良い印象を持っていないので、誠に勝手ながらここでは陰陽和声という訳語をあてさせて頂こうと思います。

ひとまずはJacob氏による解説動画が(字幕付きで!)あるので、参考までに貼っておきます。

簡単にいえば、コードをとある方法で転回させることにより、コードが持っている重力的性質を綺麗にひっくり返すことができるというアイデアです。ここでいう「重力」というのは、概ねメロディ編の「調性引力論」が述べる「傾性」や「トーナル・センターへの引力」と似たものだと思ってもらって差し支えません。同じではありませんがね。
とはいえ楽譜も五度圏もない説明では、その内容を思い描くのが難しいですね。ですからこのページでは、図解して整理します。「調性引力論」をまだ読んでいない人は、まずそちらを読んでください。

鍵盤で考える

では、ここからはCキーを例材にとって、その「とある転回法」を説明します。

Cキーにおけるトーナル・センターは言うまでもなく「C音」であり、加えてそれと最もよく協和する属音の「G音」がもう一本の柱となって、Cキーと言う世界の根幹を作っていると、陰陽和声では考えます。

センター

そして、ここがポイントなのですが、そのCとGの間である「EとE♭の狭間」を、今回行う転回の中心点と考えます。

中心点

この「狭間」の位置をJacob氏は動画中で「Key Center」と呼び、CとGについては「Key Center Basis」と呼んでいます。自由派を含めた一般的な音楽理論では、主音のことを「Tonal Center」と呼びますから、そことの区別に要注意ですね。
さて、それでは「狭間」とはどういうことか? これは、実際に転回をしてみるとわかります。例えば、A♭音を転回するとしましょう。陰陽和声の方法論に基づくと、次のようになります。

A♭の転回

A♭はEから半音4個ぶん上にいる。そうしましたら、逆にE♭の方から半音4個ぶん下がった「B」が、転回先ということになるのです。簡単ですよね。
ですから、普通の「転回」とはやることの中身が全く違います。このような転回法を、ここでは普通の「転回」と区別するために便宜上「陰陽転回」と呼ばせて頂きます。

重力の反転

では、この転回によって何が起こっているか? 「A♭」は、Cキーにおいては、Gへ半音下行する強い傾性を持った傾性音です。この下行のことを、Jacobは「sink(沈む)」と表現していて、比喩的に言わばA♭は「陰性」の音なのです。1
対する「B」は言うまでもなく、Cへと半音上行する強い傾性を持った傾性音です。A♭とは正反対に、こちらは「rise(上昇)」する。言ってみれば「陽性」の音です。

Cキーにおける二番目の柱であるGへ下行する「A♭」が、陰陽転回をすると、一番目の柱であるCへと上行する「B」に変わる。これが、「重力がひっくり返る」という現象の指すところです。
そんなわけで、コレが単音レベルでの陰陽転回。この時点ですでに、何やら面白いことが起こっているなあという感じはします。キーが決まれば、ある音が陰陽転回でどこに移動するかは一点に定まることになりますから、この調子でコードを転回することだって可能になりますよね。例えばですけど、DBmに、EmAに変わる。

コードの転回

コードの転回については、後ろの方でもう少し詳しく説明するので、今はコレを深追いしすぎず、「こういうことなのかぁ」で済ませて読み進めた方がよいと思います。

五度圏で考える

ここまでは鍵盤を使って陰陽転回を考えましたが、実はこの方法では、陰陽和声の美しさの半分も見えてきません。しかも、移動先を考えるのも大変です。陰陽和声のコンセプトと魅力を理解するには、五度圏で観察してあげた方が解りやすいです。

五度圏(シンプル)

さて、陰陽和声のアイデアを聴いた上で五度圏を眺めると、浮かび上がってくることが色々とあります。まず、二本のKey Center Basisが五度圏上では隣り合っていること。そして、そのそれぞれからみて、Key CenterであるEとE♭が対称に位置していること。

対称

そして、これは少し議論の余地を残しますが、個人的にはこの五度圏の右側に「陰」の性格を持った音が集まっていると思うのですが、いかがでしょうか?
右側には、完全四度のFを除けば、短音程しか存在しません。対して左側は、完全五度のGを除くと、長音程と増音程しかない。
もちろんA♭はG♯と言えないこともないですから、そうなれば増音程となるわけですけども・・・。ともあれこのネガティヴ・ハーモニーというアイデアがなかったら、ことさら意識もしていなかったことの発見があります。

対称性

そして、五度圏で見てあげれば、先ほどの「陰陽転回」も極めてスピーディに行えますある音に「陰陽転回」を施すと、この斜線を軸として線対称の位置にある音に移動するという法則が成り立つからです。
これは別に動画では言及されていないですけど、考えてみれば分かります。先ほどやった「A♭はBへ、F♯はD♭へ」。それを五度圏で確認するとこうなります。

五度圏での陰陽転回

これは、五度圏というものの数学的対称性を考えれば必然、当たり前のことではあるのですが、そうはいっても、ここに「美しさ」を感じずにはいられませんね。

各種名称について

さて、そうなると、この「左側」と「右側」に名前が欲しくなってきますよね。音楽理論において、名前をつけてあげることはとっても大事。動画中でJacob氏は、このG側の方を「Perfect Side(完全側)」、F側の方を「Plagal Side(変格側)」と呼んでいるようにもとれますが・・・

完全と変格

これは明らかに、理論の基礎用語である「Perfect Cadence(完全終止)」と「Plagal Cadence(変格終止)」の説明をしているんですよね。動画中でも「Cへは4度側と5度側、どちらからでも解決できる」という言い方をしているだけであって、Fより向こう側のB♭やE♭までを含めて「Plagal Side」と呼んでいるかどうかは、実は定かではありません。

全体を通じての彼の言葉や、Negative Harmonyという名称を踏まえれば、ストレートに「Positive(陽)」と「Negative(陰)」で呼び分けた方が遥かに適切かつ直観的でしょう。

陰と陽

またネガティヴ・ハーモニーは、陽を陰にするだけでなく、陰を陽にすることも出来て、その対称性が魅力です。決してネガティヴだけがポイントではない。英語では「Negative/Positive Harmony」と呼ぶには長すぎるゆえ「Negative Harmony」と呼ぶことにしたのだと思いますが、日本には「陰陽」という素晴らしい熟語がありますから、「陰陽和声」という訳語は非常に本質を表した語だ、と思っています。

半音階形式の陰陽図

そして転回の際には、中心軸システム同様、五度圏ではなく半音で並べた図で確認してもよいでしょう。

半音階の陰陽

こうしてみると、陰と陽が交互に現れることが分かります。美しい。ちなみにこの半音階ヴァージョン出会っても、線対称で移動させれば陰陽転回したことになるという点は変わりなしです。

#2.単音レベルでの活用例

ずっと図だけで話すのもつまらないのですよね。そろそろ肝心の音が聴きたい。そう思う頃でしょうから、ひとまず簡単な音源を用意してみました!

こちらは、1-2小節のフレーズを、3-4小節目では音ひとつひとつ全て陰陽転回したヴァージョンに変形させています。E音はE♭音へ変化しますから、必然的に曲の長短がチェンジし、さらに重力の向きが変わるため、雰囲気がガラッと変わって聴こえます。
この1-2小節目と3-4小節目が、陰と陽という、単なる長短とはちょっと違うシンメトリーを築いているところが面白いわけです。活用法はたくさん考えられます。「陰陽」と「長短」で一体何が違うのかについては、また後述いたしますね。

#3.コードの陰陽転回

陰陽転回を使ってメロディを変化させてみるのも面白そうですが、実践レベルに持ち込むにはなかなか大変そう。やっぱりとっつきやすいのはコードの陰陽転回ですよね。Jacob氏も、もっぱらコード進行の編成において活用しているように見受けられます。

コードの陰陽転回は、トライアドであれば、実は単音と大差ないくらい簡単です。とあるトライアドの各構成音を先ほどの原理に基づいて陰陽転回すると、今度は「CとF#」のラインを軸にして線対称の位置にルートが移動し、メジャーとマイナーが反転します

トライアドの陰陽

これはぜひ鍵盤などでも確認して頂きたいところ。陰陽和声の、かなり面白いところです。

コードの転回例

どこでやっても必ずこうなります!こういったあたりの統一性の高さが、理論として注目を集めた理由ですね。

コード転回における事実上の中心ラインであるCFは、それぞれ長短だけが入れ替わりCmFmに変わります。

転回2

五度圏上で線対称というのは、頭の中で陰陽転回をする際にも便利。たとえばEメジャーを陰陽転回したらどうなるか? というとき、Eは♯4つの調なので、線対称に動かせば、行き着く場所は♭4つの調ですから、A♭だとわかります。つまり、Eメジャーの陰陽転回形は、A♭マイナー。五度圏と調号の対称性を、陰陽転回の際にそのまま活用できるのです。

陰陽転回による機能変化

「中心軸システム」に基づくTDS分類をもとにして考えると、五度圏におけるTDSの配置は、C-F♯のラインを基軸に考えると、トニックが綺麗に線対称で、ドミナントとサブドミナントは綺麗に非対称であるといえます。

中心軸

そしてトライアドの陰陽転回は、このC-F♯のラインを軸に対称移動をしますから、機能の変化については以下の法則が成り立ちます。

  • トニック:そのまま変わらない
  • ドミナント:サブドミナントに変わる
  • サブドミナント:ドミナントに変わる

動画中でJacobが述べているように、DTの動き(完全終止タイプ)は明るくクッキリとしていて、対するSTの動き(プラガルタイプ)は弱々しく閉じた感じがします。陰陽転回を行うと、この「強い」と「弱い」が反転することになるため、曲想には大きな変化をもたらすことになりますね。

補足

今回は便宜上、五度圏の左側を「陽」、右側を「陰」としましたが、では「Dm」のコードになってしまったらそれは陽と呼べる存在なのか、あるいはB♭Δ7なんかはどうなのか・・・などと考えると、少し難しいところがありますね。
そこに関してJacob氏の具体的な言及はありませんが、まあルートでおおよそのキャラクターが決まると考えてもよいし、けっきょく陰陽は各一音一音がもつキャラクターが生み出すものであるから、「陰or陽」の二段階では片付けられないと考えてもよいでしょう。

セブンスコードの場合

セブンスコードの場合は、二通りの転回法が考えられます。
ひとつは、単に一番高い音は一番低い音へ。天地を純粋に逆転させる方法です。

天地逆転

この場合、G7の陰陽転回形はDØになります。こちらの方がピュアな転回と言えそうですが、ハーフディミニッシュというややこしめのコードになってしまうことは難点。
そこで考えられるもうひとつの方法は、トライアドはトライアドで転回して、そのあとにセブンス音はセブンス音でまた転回し、それをコードの上に乗っけるというやり方。

セブンスは別

こうすれば、フラットファイブやシャープファイブといった扱いづらいコードに遭遇することが無くなり、実践での扱いやすさが格段に高まりますね! この方式でいくと、G7の陰陽転回形はFm6ということになります。

Jacob氏の意見

Jacob氏はもっぱら、Fm6の形を好んでいるようです。下のインタビュー映像では、インタビュアーが「そうすると・・・Dハーフディミニッシュになりますね」と言っているのに対し、「So It’s like Fm6, yeah, D half diminish, Fm6.」と返答しているシーンがあります。要はどっちでもいいということなのですね。むしろ転回法の詳細に関して理論に「遊び」があることで、自分の作りたい音楽へチューニングを合わせることができる、と考えるべきでしょう。

そもそも陰陽和声の肝は、単音レベルでも重力の反転が起きるという理論なんですから、コードは結局そのキャラクターの集合体にすぎません。
だから理論としてはジャズ系よりクラシックの和声に考え方が近くて、どれがルートをとるかというのはあまり問題ではないのです。

考え方の違い

ですから、ポピュラー向けのコード理論しか知らなくって、Ⅶ章でやった「和声」のような発想を修めていない人間には、この陰陽和声の思想は理解しきれないところがあるかもしれません。だってこれは「和音(コード)」じゃなくて「和声(ハーモニー)」の理論ですからね。

#4.従来の理論と比較した立ち位置

たとえば中心軸システムは、従来の機能和声に根ざしながらも、慣習無視で数学に徹することで自由度を拡張した理論でした。陰陽和声は、従来の理論と比べて眺めると、どのような立ち位置になるのでしょうか?

まず重要なのは、この陰陽によるコードの表裏関係を、従来の理論のクセでもって「代理可能である」などという風に考えてはいけないということです。
陰陽転回によってSDの機能は反転しますから「代理コード」の考えと互換性はないですし、それより何より、「代理」で曲を彩っていこうというジャズ系理論とは、根本の思想が全然違うのですから。「代理」という言葉自体が、陰陽和声の世界においてはナンセンスなのです。

陰陽和声は代理の理論ではない

例えばジャズでおなじみ、CキーでG7D7に置き換えるトライトーン代理(裏コード)を思い出してみると、その原理は、「ファ」と「シ」という強烈な傾性を持った二音を維持してさえいれば、あと二音は変えてしまってもいいだろうというアイデアでしたね。

比較

ジャズ理論の考えとしては、この二者は「機能的に等質」であり、互換性が高いとみなす。だからコードがG7の時にソリストだけスケールをD♭7に変えたり、またその逆も可能でした。
「ドミナントモーション」や「強進行」といった、機能的に強いものをキープすることで、末端部分の自由度を解放する。それがジャズ理論です。

ただ、陰陽和声の思想は全く異なります。共通している「ファ」「シ」はいいとして、残りの二音が変わればテクスチャは大いに変わるから、二者は全く等価ではありません
どっしりした柱である「ソ」が「レ♭」に変わり、明るく煌びやかな「レ」が「ラ♭」に変わってしまったら、これは陰陽和声のアイデアからすると大事件です。

代理は大事件トライトーン代理の際に起きていること

冒頭のインタビューでは、質問者が「情感的には何をしているか理解できるが、機能的にどうなのか理解できない」と述べていますが、ハッキリ言って愚鈍な質問だと思います。
なぜなら、そのような「機能第一主義」の理論が見落としがちな、肝心の曲想、情感の部分にクロースアップする考え方こそが陰陽和声の中核だからです。

そこを無視して機能はどうなる、機能はどうなるという質問ぜめに、Jacob氏も呆れているのではないでしょうか? 後半では感情が大事、過程が大事、何を表現したいのかが大事という、思想論に終始せざるを得なくなっています。質問者の訊きたいことと、Jacobの伝えたいことが噛み合ってなくって、ちょっともどかしいですね。

確かに陰陽の根本には「完全終止」と「プラガル終止」の質的差がひとつありますし、DSが反転するという機能的対称性もありますが、決してそこが核ではない。単音レベルでの音響的・情感的差異に対してもっと意識的になるプロセスがいちばん重要なのです。

陰陽和声 = もうひとつの対称軸

つまるところ、陰陽和声とは何なのか? 端的に言えば、それは「もうひとつの対称軸」でしょう。
これまで和音における「対称」、「対の存在」と言えば、何があったでしょうか? それはCCmのような「パラレルの関係」と、G7D7のような「五度圏の対向関係」の2つになりますよね。
この2つはどちらも「機能は等しく、響きは正反対」という、極めて「機能的」な対称です。対する陰陽和声は、「(コードで言えば)五度圏上でのCへの距離が等しく、機能と響きは正反対」という、「情感的」な対称性なのです。

音の世界を、そのように「機能」ではなく「情感」で捉えるという発想自体が、ものすごく大事。「機能が第一」になってしまっている今の音楽理論の世界に、もっと違う音との接し方があるのではないかと、一石を投じるのがこの陰陽和声であるとも言えます。だからこそ、結果ではなくプロセスが大事だとJacob氏は述べているのです。

#5.コードレベルでの活用例

だんだん分かってきたとおり、陰陽和声は中心軸システムと全く同様、それ自体では何も与えてはくれません。その「新しい対称」を元に、いかに音響世界を組み立てるかは、発想や経験がものを言う領域になります。
たとえば誰でも実践できそうなところで言うと、おなじみのコード進行のルートと長短を、陰陽転回でひっくり返す。テンションは多少自由にやってしまうような感じでね。


こちら、おなじみ3-6-2-5-1のコード進行です。IIのコードはドミナントセブンスにして、明るめのキャラクターにしています。このII-V部分をひっくり返してみましょう。

こうです。D7G7だったものを、Bm9Fm6に変えました。
すでに述べたとおり、サブドミナントとドミナントはひっくり返りますから、進行感がかなり弱く、ふわついた感じになると同時に、当然ながらマイナーコードの重たい曲想が得られました。
もちろん、結果だけをとれば、これは単にダブル・ミクスチュアとサブドミナント・マイナーを使ったにすぎません。だから大事なのは結果じゃなく、作り手の知覚的差異、インスピレーションの問題なのです。

正直、「ただオシャレにしたい」くらいの気軽な話であれば、陰陽和声の使い勝手は悪いです。何たって、機能が変わってしまいますし。調性も全然変わってしまうから、メロだけ残してリハーモナイズということも難しいです。
だから陰陽和声は、どちらかと言うともっと繊細な作曲をしたい、明確な自己表現があるという時に使うべきものだと思いますね。

#6.楽曲レベルでの活用例

Ⅶ章で古典世界の哲学を知った人間であれば、「陰と陽の対称性」と聞いて、何か心に思い浮かぶものはありませんでしたか? そう、古典短調における、「長短の鏡の世界」です。

鏡の世界

この「鏡写しの世界」を利用して、ソナタ形式では、「はじめメジャーキーで示されていたテーマが、曲後半でマイナーキーに変わって登場する」という技法が用いられるんでしたね。その「長調と短調の対称性」が古典派の美学でした。

明と暗の世界

こちらはハ長調のちょっとした主題を、2周目ではそのままハ短調に転調した、典型的な古典派の曲作りの例です。実際にはこの間に、もっと長い中間部が挟まりますけどね。今回はそこを省略し、純粋に二者の対称性を確かめます。
やはり古典派の対称美というのは、機能が変わらない対称性だから美しいんですよね。明暗は反転していても、感情の進み方が一定。そのためにわざわざ、和声的短音階とかを使っているんでした。
ではこれを、同主調への対称移動ではなく、陰陽での対称移動をしたらどうなるか? それがこちらです。

陰と陽の世界

これは・・・なかなか新しい情感がありますね!!

詳しく解説すると、転回については、右手のメロディはメロディで完全に反転し、左手のラインもほぼそのまま反転しています。
ただし、単音単位で陰陽転回すると、主音であるC音がG音に変わってしまって相当安定感に差が出るので、そこは適宜ふつうの「転回」をして、Cをルートに据えるなどしています。

今回の方式で面白い点は、3つ。

1つめは、陰陽転回はキーセンターを中心点とした「上下の反転」を行うので、メロディをまるまる陰陽転回すると必然的に上下逆さまになること。シンプルに美しいです。モチーフを上下逆にするというのは、古典派ソナタの時代から既に使われている手法ですから、意外と歴史との親和度が高いんですね。

2つめは、V-Iの完全終止が、基本的にみんなプラガル終止へと変わることになるため、強力で明るい力を持っていたものが、一気に閉じて、弱々しい進行に変わること。そこも大きなポイント。古典派には無いDからSへの逆進行も発生することになるので、そこもまるで重力が逆転したかのような情感があります。ようは、同主調転調と違って、感情の流れ方が変わるのです。

3つめは、これはちょっと不思議ですが、古典派の様式に従った曲を陰陽転回すると、綺麗に同主調へ転調すること。上のサンプルも、TDSの流れは違えど、陰のテーマは綺麗にハ短調に変わりました。これは口で説明するより、実際にやってみた方が圧倒的にその理由が実感できるので、やってみてください。

こうしてみると、古典派の短調というのは、暗いんだけど、ある意味暗くないんですよね。進行がキッパリとしているから。それに対して「陰」のテーマは、まさに”陰”そのもの。とてつもなくウジウジしています。

こんな風に、「新しい対称軸」を認識することで、新しいアイデアが生まれる。そこにネガティヴ・ハーモニーを知ることの価値があります。
やっぱりお手軽にトライアドを反転させただけでは、大した面白みは出ませんし、使う意義も薄いです。緻密な作曲の中で、アイデアのひとつとして持っておくといいのではないかと思います。マスターすれば、あなたは音の陰陽師です。

#7.リーマンと陰陽和声

ちなみに、このように上下に「音階の鏡」を作る考え方は、非常に歴史のあるものです。有名どころでは、おなじみ19世紀のフーゴー・リーマン、さらにはそのリーマンにインスピレーションを与えた先輩モーリツ・ハウプトマンまで遡ります。せっかくですから、そのような歴史の話も少しさせていただきましょう。

分数Moritz Hauptmann “The Nature of Harmony and Metre” 1888年 英訳版より

ハウプトマンは「The Nature of Harmony and Metre」という著書の中で、マイナーコードの周波数比がメジャーコードの逆比になっていることを述べ、マイナーコードを「メジャーコードが逆転したもの(Inverted)である」と提言しています。

ネガティヴ

Cを基準としてネガティヴ方向に作られるマイナーコードは、Fmとなる。これって、ネガティヴ・ハーモニーが言ってることそのまんまですよね。周波数比はインターバルに直結し、インターバルは五度圏に直結しますから、ここまでやってきた五度圏でのネガティヴ・ハーモニーというのは、要するにこの周波数比に関するシンメトリーを見やすくしただけの話です。

後輩であるリーマンは、さらに過激な理論を展開しています。上のような話を踏まえ、長調で言うところの「T-S-D-T」という定番の進行は、短調においては「T-D-S-T」と裏返り、そしてこれが基本形となるのだと提言したのです。

ネガティヴ1896年 英訳版より

短調なら、T-D-S-TがComplete Cadenceとなる・・・。当然これは普通の音楽理論とは全く噛み合いませんから、大きな議論を巻き起こし、結果的にこれが世間に認められることはありませんでした。ですから100年以上経ってまたそれがちょっとしたブームとして蘇っているわけで、不思議なものです。リーマンも天国で喜んでいることでしょう。

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