Ⅲの和音を知る ❶ TDSの歴史

コード編 Ⅷ章:研究室
今回の内容では、「IIIm」でなく「III」という表現が登場することがありますが、基本的にはクラシック的な文脈で、その「III」は「IIIm」の和音のことを指すと考えてください。

#1 不思議なIIIm

{IIIm}の和音は、とても奥の深いコードです。自由派音楽理論では、基本的にドミナントであるが、前後関係によってトニックらしく振舞うこともある和音と定義しています。
TDS
流派によっては、完全にトニックかドミナントのどちらかに決めているものもあります。 I章のT・D・Sの回では、「IIImの詳細を知るには様々な流派の考え方を知っておく必要があるので、現段階ではあまり深追いしない」という話で終わっていました。けっきょくのところ、何がどうなっているのか? 2回の記事に渡ってTDS機能の歴史を辿りながら、そこをハッキリさせようというのが、この記事です。 今さらIIImごときがなんだという感じもしますが、深く理論を学習してきたからこそ、そういう細かいところが気になるという人もいるはず。この記事は、音楽理論そのものの歴史が気になるという人のための研究的な回なのです。

ですからもちろんⅥ章・Ⅶ章・Ⅷ章の内容をバンバン使って解説を進めていきます。コード編を読み通していない方へ向けて内容を噛み砕くことはいたしませんので悪しからず。


TDSはいつ生まれたのか?
ところで、Ⅶ章で「古典派の時代にはTDSの機能という概念がなかった」という話を聴いて、驚いた人もいるのではないでしょうか? だって、たとえクラシック系の理論書であっても、TDSの話は載っていることが多いですからね。 TDSの歴史を知ることは、とても大事。我々何の気なしにTDSを使っていますけど、それがいつ生まれて、どう扱われてきたかなんて、あまり詳しくないですよね。TDSが何であるかをよく知らずにIIImの機能を語ることなんて、ちゃんちゃらおかしい話なのです。 だからIIImが何であるかの前に、TDSが何であったかを知らねばならない。それが第一回の趣旨です。だからまたちょっと、序論以来二度目の「歴史探訪」に出発しましょう。
タイムマシン

#2 リーマンとゲッチアス

まず、大前提を確認しますね。トニック・ドミナント・サブドミナントという言葉は、元々はそれぞれ音階のI番目・V番目・IV番目の音そのものを指し示す言葉でした。「単音」に対してあてがわれた名前です。
トニックについてOtto Tiersch "System Und Methode der Harmonielehre",p9 (1868)
調の「最初の音(erste ton)」がトニカであると書かれています。ですから、Iの和音を英語では「Tonic Chord」などと言うわけです。そしてそこからさらに時間が流れて、IとVImを包括する「機能」を表すとして使われるようになっていく。 さて、それではここから本題。音楽理論の歴史に詳しい人間に、「TDS機能というコンセプトって誰が確立したの?」と訊けば、たいていはフーゴー・リーマンを挙げるのではないかと思います。
リーマン
このサイトでも、序論からずっと登場している、世界的に有名な音楽学者です。でも、リーマンが実際どんな風に、どれくらい現代と同じ形で、何を提唱したのかって、きちんと知っているのでしょうか? そこまで確認しないことには、何も知らないのと同じだ。実際の書籍を見てみましょう。 リーマンは、さっきも名前の上がった1893年の「Vereinfachte Harmonielehre(Harmony, Simplified)」にて以下のように述べています。
機能

これは1896年の英語翻訳版。「Function」という言葉が登場しています。19世紀の時点でここまでビシッと、「3つしかない!」と断言しているのは、なかなか先進的なことなのです。そして、これがコードの「機能」というコンセプトのおこりとされています。

リーマン以外の人間

もちろん、TDSの機能という概念は、リーマンだけがずば抜けて天才的で、ひとりで思いついたということではありません。特にIIとIV、IとVIが類似しているという事実は当時のみんなでも当然気づいていたことであり、それが少しずつ、糸を編むように練り上げられていったのです。 日本ではその名が全くもって知られていませんが、ほぼ同時期のアメリカにも天才がいました。Percy Goetschius(パーシー・ゲッチアス3)という音楽理論家です。1889年に発行された著書「The Material Used in Musical Composition(第二版)」には、興味深い記述がいくつも存在するのですが、とりわけコレです。
二版
ハーモニーの「Class or Element」という表現が登場し、6つの基調和音をカテゴライズしています。それだけでなく、なんと「Substitute(代理)」という言葉が登場していますね! 代理コードごときがなんだと思うかもしれませんが、この時代はまだ、音をどう繋ぐかが主軸の「和声学」の時代です。そんな中で、現代のコード理論に繋がるような「コードを同機能のコードで代理する」というアイデアが登場しているのは、画期的なことなのです。 「和声」が主流コンセプトの世界では、コードの“代理”という概念は基本的になかったですからね。 もちろん当時にも、{V}→{I}と見せかけて{V}→{VI}と進む「偽終止」なんかは存在していましたが、それは「同機能のコードによる代理」という認識まで理論化はされておらず、「類似したマイナーコードで完全な終止を先延ばしする」程度の認識だったのです。

もうちょっとページを遡ると、さらに面白い。

二版
この和声メソッドにおいては、調のコードを3つの区分されたクラス、あるいはエレメントに分けることを提案します」と述べられていますね。この「提案」「この和声メソッドにおいては」という言葉からも、当時まだ和音機能のコンセプトが確立されていなかったことも確認できます。

初版が1882年、上でお見せした第二版が1889年ですから、考えてみればゲッチアスの方がリーマンよりも先にTDS機能を提示していたことになります。だから、ほんのちょっと歴史の潮流が違っていれば、この「Class」もしくは「Element」という言葉が世界的に定着していたかもしれません。もしそうならパーシー・ゲッチアスは世界に知られる音楽理論家となり、リーマンはただのオカルト狂人として歴史の闇に葬られていたかも。

リーマンとオカルト
そう、「陰陽和声」の回で紹介しましたが、リーマンは「短調ではT-D-S-Tが基本形となる」というなかなかトンデモナイ理論を展開したんですよね。今となっては全く相手にされない話なんですけども、当時はそれが世間の注目を存分に集めたことは想像に難くありません。メチャクチャであればあるほど、音楽学者たちは手に取らないわけにはいかない。真偽を見定めねばならないですから。

だから核心部分は突拍子もない内容だったにも関わらず、多くの人がこの書籍を手に取り、「下方倍音どうのはさておき、このFunctionって考え方はいいな」と思い、そしてリーマンは図らずも、機能和声の始祖として名前を残すことになるのです。つまりは、今で言うところの「炎上商法」を100年前に実行していたとも言えますね。

#3 ゲッチアスとTDS

その中身としても、リーマンの過激でムチャな理論構築と比べると、ゲッチアスのまとめ方は非常に近代的であり、より現代に通じるものを感じますね。実際にゲッチアスの影響は少なくないようで、アメリカ系の音楽理論書では、彼をTDSの祖として述べているものが見つかります
JonesGeorge T. Jones "Music Theory", p147 (1974)

彼の知名度が極めて低く、「Harmonic Class」という表現が全く一般的でないのには、当時のアメリカで音楽理論が不活発だったという背景もあるようです。19世紀末のアメリカではこのようないかにも“理論らしい”理論はまだ一般に受け入れられてなく、実践とセットになった「和声学」が主流だったという話があります。4

ゲッチアスの書籍の近代性
ゲッチアスの書籍の解説は、非常にバランスが優れていて、当時の人間のTDSに対する見方も反映されている、非常に貴重な資料です。いくつか重要なところを紹介しましょう。
intimacy
93項では、各機能を担うペアの「Intimacy(親密度)」という見解が示されており、IIとIVの関係が最も親密で、IとVIが中間、VとIIIは最も疎遠であるとしています。 和音を3つのクラスに落とし込むにあたってIIIが難所であったことは、100年前も変わらないようす。だって、そうですよね。まず古典派ではIIIの和音をそこまで使わないからデータも少ないですし。そして、ほとんどあらゆる進行においてIVをIIに置き換えることは可能ですが、VとIIIじゃあそうはいかない。V-Iはメチャクチャ自然なのに、III-Iはかなり不自然だからです。 IIIの存在というのはやっぱり特殊であり、独特なのです。ゆえにゲッチアスはVとIIIを「同一の機能を有する」と説明することには相応の抵抗があったようです。220項では、IIIの和音にカッコがついて括られています
かっこ付き

これは1912年の第14版でも同じです。IIIの和音が本格的に理論に組み込まれるようになったのは、本当にポピュラー音楽からの話なのです。

#4 リーマンとTDS

そんなわけで、Functionという言葉を打ち立てたのは大目に見てリーマンということにしてあげましょう。でもリーマンは、実は機能を3種類に絞り切ってはいません。II,III,VIには「Parallel」の名を冠させ、さらには「Variant」や「Leading-Tone Substitution」といった幾つかの変形パターンを用意しており、記号の数は相当なもの。
ごちゃごちゃ
「Leading-Tone Substitution」なんかは、のちにネオリーマン理論へと繋がっていくんですよね。 「°S」はサブドミナントマイナーで、Fm。対する「Sp」は、平行短調のサブドミナントで、つまりDmです。そして二重に重なっている「D」は、ダブルドミナント・・・といった具合。ね、簡素な形態を推進したゲッチアスと比べると、ずいぶん保守的な感じがします。

要するに、リーマンにとってTDSは「分類の終着点」というより「分類の出発点」だったわけです。この違いは大きい。

終着点と出発点
つまり、私たちはなんとなくTDSというものについて、何か抽象的な「TDS感」というものが決まっていて、それに基づいて各和音が分類されていくという構図を思い描いていると思います。
終着点的TDS
I・IV・VもTDSという超越的性質の下にいる図式。でも実際には、初期TDS機能のコンセプトはそうではない。まずI・IV・Vという具体的なコードが先にあって、それに近しいコードを支配下に置いて行く構図なのです。
出発点的TDS
少なくともリーマンの書籍において、T・D・Sというのは包括的機能というより、I・V・IVをアルファベット化しただけという意味合いが強く、事実上は三機能分類にはなっていません。その証拠に、VIm・IIm・IIImは、ケーデンスの構成においてそれぞれTDSの「間に入る(enters between)」とハッキリ書かれています。
Enter Between
こう説明することで、I→VImは可能だがVIm→Iは不可能というコードの一方通行性を一貫した論理で説明したかったのではないでしょうか。今のように、TDSの三機能のみでケーデンスを解釈するような構図にはなっていないのです。 つまり、冒頭ではビシッと「三機能に分類できる!」と言ってはいるのですが、それはキャッチコピーのようなもの。リーマンが実質的に示したものは、「様々な和音のラベリングの基礎にTDSの三文字を用いることで、I・IV・Vとの関係性をより明確にさせる」という、どちらかというと「記法の発明」であると言えるかもしれません。
目的の違う記法
その証拠に、これ以降のドイツでは、色々と記号を用意して和音の「意味」をラベリングで表現する文化が他国と比べて多様に発展しています。
ごちゃごちゃ
こちらは1906年、カール・グリムというドイツ系の方の書籍。やはりTDSの3つに絞りきることなく、「Relative」「Correlative」「Variant」といった要素があって、記号が大渋滞しています。例えば「Tvc」は「Tonic Variant Correlative」を表しているということですね。 そして60年代のアメリカの書籍でも、まだRelativeの「r」の記号を使う書籍などが見受けられます。
シンボルSigmund Levarie "Fundamentals of Harmony" (1962)
これ、最初のTの次の「s」が小文字になってますけど、小文字のsが「サブドミナントマイナー」ってことでしょう。60年代まで来てなおこういった書籍も散見される。

そうすると島岡譲氏の「和声」は、60年代の書籍でありながら全ての和音をTDSに分類していますから、わりとリベラルな部類の方針だったと言えます。転回形の表記だって、目新しい英米式ですしね。

#5 発明から普及まで

この19世紀末〜20世紀前半の様々な書籍を漁ってみると、各国の「お国柄」というものが微妙に見えてきます。リーマンに代表されるドイツは多彩な記号を生み出す流れが活発。対してラモー以来の伝統あるフランスでは、「数字付き低音」を使った昔ながらの書き方での保守的な傾向が見られます。アメリカはゲッチアスを筆頭にシンプルでスッキリした書き方を模索している。イギリスは、その三国それぞれからの影響を受けているようなイメージです。

しかしいずれにせよ、「代理」の概念が根本的になく、また長い伝統を保守してきたクラシック界は、「全コードを完全に三機能に分類」という方向へは、あまり積極的に動いていないように見られます。

ジャズ理論とTDS

では、クラシック系はそうだとして、ジャズ系はどうなのか? 詳しくは次回にあてますが、簡単に述べると、やはりジャズ理論においてもTDSというのはそこまで重要な存在ではないのです。 VI章でも既に述べたとおり、高名なジャズ理論書である「The Jazz Theory Book」には、そもそもTDSの話が一切登場しません ジャズ理論の中心核となる「トゥー・ファイヴ・ワン」の進行がそのまま「S-D-T」を代弁しているから、それがあれば「T・D・S」の三文字がなくても理論を展開していける。転調しまくりのジャズ理論では、TDSを利用するメリットが薄いという話でした。
2-5の転調

この3つ目のCマイナー、まだ転調前でトニックであるとも、すでに転調後でサブドミナントであるとも言えますよね。ジャズではこの事態がとっても頻繁に起こります。TDSに拘っても、面倒が増えるばかり。だから古典派だけでなくジャズにとっても、TDSは別に「必要不可欠な存在」では全くなかったのです。

TDSの浸透

こうなってくると、一体どの流派がシンプルなTDSのみの、「こんにちのTDS」を定着させたのかという話になってきますね。もちろんこれだけ複雑な世界的動きがありますから、ピンポイントで決められるものはありませんが、やはり圧倒的に重要な役割をしめたのはいわゆる「バークリー系」の流派だと推測されます。
バークリー
現在の一般的な音楽理論の大元であり、音楽理論のポピュラー化に努めた最前線ですからね。それにここはもともとヨーゼフ・シリンガーの斬新な理論を学ぶ教室として始まり、のちにジャズやポピュラー音楽へ範疇を広げていった大学です。ですから元来クラシック界の発案である機能和声を、実践使用できるシンプルなメソッドに変化させていったとしても不思議はない。 時期的に見ても、バークリーが発展していった1950-1970年頃というのは、モダン・ジャズの理論が完成されていく流れの中ですから、コードの代理理論をまとめる中で「機能」という便利なコンセプトが採用されたと考えると自然です。
さて、こうやってTDSの成り立ちや変化の歴史を知ったことで、少し見え方が変わったかもしれません。TDSを、音楽理論の絶対的中心核であり、最重要の概念であると考えていた人も多いのではないでしょうか? 本当は、全然そんなことはないのです。それこそ「伝言ゲーム」のようにじわじわと変化しながら広がっていった、すごく曖昧なコンセプトなのですね。 実際2008年にはオハイオ州立大学のJohn Gabriel Millerさんが「ファンクションの死と復活」という非常に興味深い論文を発表していて、そこでは歴史的な音楽理論家たちがリーマンの考えをどう広げていったか、Functionという言葉がいかに多重の意味を持っているか、より正確な分析をするにはTDSをどう扱うべきかなど、TDSがもつ「脆さ」を鋭く指摘しています。

本来的に「ドミナント」は、V番目の音を指し示すシンボルでしかなかった。それを「機能」として拡張させた時に、「何をもってドミナントなのか」を定義し普及させられるほどの「音楽理論の絶対君主」は当時いませんでした。もちろん、今もいません。TDS機能の定義は、今までもこれからもずっと永遠に曖昧なままなのです。

TDSとの向き合い方
ですから、この第一回の総括として心に刻んでおいて頂きたいのは、やっぱりT・D・Sの3文字に集約できるほど音楽は単純ではないということですね。 TDSは音楽の本質などではなく、理論展開にあたってのツールでしかない。だから、それを使った方が便利であるうちは存分に使えばいいけど、それが不便になってもなおそこに拘ることは、全くもって本末転倒なのです。 肝心のリーマン本人も、別の本でこのように述べています。
The practical teaching of harmony, the practice in connecting chords according to the rules of polyphonic writing, is properly a part of the art of writing music, is the practical acquirement of the technic of composition. The theory of harmony, on the other hand, is a part of the science of music; it belongs in the domain of natural science, with which the art of music has to do only in so far as it can utilize the results of scientific investigation for its own practical purposes. (実践的な和声の「指導」、すなわち多声部の作曲ルールに従ったコード連結の実践は、間違いなくアートの一部であり、実際の作曲技術を獲得することに他ならない。しかし和声の「理論」は、サイエンスの一部である。それは自然科学の一分野に属するものであって、それがアートに関係すると言えるのは、実践目的のためにその調査結果を活用できる場合に限ってのみである。)Hugo Riemann, "The Nature of Harmony", p3
サイエンティストになりたいなら、TDS機能について心ゆくまで考えたらいいでしょうが、アーティストになりたいなら、そんなことより曲を作れという話なのです。

そうとはいえ、人間というものやはり、知的好奇心を止めることはできません。IIImというのはつまり何なのか?次回は、より具体的に、各流派のIIImに対する見解を見ていきます。

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