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トライトーン代理の拡張②

トライトーン代理の拡張①」の記事では、代理ドミナント(Sub.V)の原理がV7⇄II7の置き換えに限らず二次ドミナント全般で行えることを紹介しました。今回はこれをさらに発展応用させていきます。

1. Sub.VとRel.IIm

まず、「トゥー・ファイヴの応用」で説明したとおり、ドミナント・コードは手前にRelated IImを召喚してii-Vを形成することができます。

ii-V-I

I7に対してV–7を前置するのはその典型例です。そしてこのI7♯IV7で代理したとしても、依然としてこのRel.IImをお供として引き連れることが可能だというのも説明しました。

しかしこれ、V–7からすると従属していたのはあくまでもI7であって、仲良しだからといって♯IV7に代理でやって来られても、“上司の親友を接待している”ような状況ですから、ちょっと気まずい思いをしているはずです(もちろん音響的には美しい半音下行で何も問題ないのですが)。

つまり、まだここまで代理ドミナントたち自身の本来の相棒を呼んでくるというパターンを試していなかったという話なのです。代理ドミナントたちへと強進行するマイナーセブンスたちを列挙すると、以下のようになります。

新Rel.IIm Sub.V 本来のV
♭VI–7 ♭II7 V7
IV–7 ♭VII7 III7
♭III–7 ♭VI7 II7
♭VII–7 ♭III7 VI7
♯I–7 ♯IV7 I7

特に♭III,♭VI,♭VIIのマイナーセブンスというのはこれまで紹介されたことのない新顔ですね。少し言い方を変えると、「なんでV7だけひっくり返すねん。ii-V丸ごとひっくり返してもええやろ」ということです。

コード譜 : 1. 普通のD minor7, G7, C major7。 2. G7をD♭7に反転する。 3. D minor7も反転させて、A♭ minor7, D♭7, C major7という進行にする。

『The Berklee Book of Jazz Harmony』ではこの方法について、転調を予期させてしまうといった理由からあまり多くは使われないと前置きしつつ、「無いってことも無い」、聴かせ方しだいではこれを成立させられると述べています1

IΔVI–7(13)♭VI–7♭II7altIΔ

こちらが実際の実施例。やはり転調の気が強いため最後にトニックへ戻ってきたときの着地感が曖昧になってはいますが、入り自体は自然に聴こえたかと思います。今回はシ、ファといったVI-7の構成音を先に強調しておくことで、このコードに入った瞬間の異物感を極力やわらげるようにしています。またII7のところでもオルタード・ドミナントを利用してソ・ラ・レといったキー本来の音を鳴らすことで、「Gキーへ転調する気はサラサラありませんよ〜」というアピールを行なって、IΔへ帰還しやすくしています。

Rel.IImだけの反転

そんなわけで、ii-Vはその「V」を反転させることもできるし、「ii」の方まで反転させることもできる。しかしそうなるといよいよ、こんな考えも浮かんできます。すなわち、それだったら「ii」の方だけ反転させてもいいのではないかと。

コード譜 : 先ほどの①②③に加えて、④A♭ minor7, G7, C major7という進行もありうる。

これは一度ii-Vを丸ごと反転させた後、Vだけやっぱり戻したと言ってもよいでしょう。II7とV7は交換可能だと理論立てている以上、これを出来ないと言う方が矛盾しています。実際にやってみましょう。

IΔVI–7(13)♭VI–7V7IΔ

異物ではありますが、半音下行はやはりなめらか。6-5というルートの動き自体はパラレルマイナーや代理ドミナントでよく耳にする動きなわけで、違いはコードクオリティがマイナーセブンスであるということだけ。そのため、案外すんなりと進行の中に収まっています。

iiの反転とVの反転、その組み合わせにより、Iへ至るまでの解決パターンが4つできる。これもまたジャズ理論書にちゃんと載っている方法論です2

実際の例

こちらはベニー・ゴルソン作曲の『Stablemates』。冒頭でさっそく事件が起こっています。キーはDですが、冒頭にてii-Vの動きが半音ずれで連続していて、その「V」の方を見るとこれはキーから見てVI7とV7になっています。そしてそのそれぞれが、II-7をお供として引き連れている……。つまり最初のE-7は、代理ドミナントであるVI7に前置されたRelated IImとしてのIII-7と言えるわけです。

コード譜 : E minor7, A7, E♭ minor7, A♭7, D major7。このA7は、ダブルドミナントであるE♭7の反転である。

もちろんこれは「ii-Vチェーン」だとか「サイド・ステッピング」という言葉でも説明が可能ですが、それらは単に“好き勝手やっていい系”のテクニックへの名称にすぎません。この突如現れたIII-7に対して「一時的にキーから離れて好きにやっています」ではなく、「もともとii-Vのiiだったのが、II7に代わった。それがVI7にひっくり返った。それに付随するIII-7なのだ」と紐解いていった方が、主和音との関係性を理解するにあたってより明快な解釈だと言えます。

さてこちらはその『Stablemates』をベニー・ゴルソンがピアノソロ版としてアレンジし出版された楽譜を打ち込みでおこしたものだそうで、面白いアレンジが加わっています。12小節目でDΔ9へと解決するところ、元々その手前のコードは普通にドミナントのA7でした。しかしそれがここでは代理ドミナントのD7に反転しており、その手前にはお供のA-7が配置されています! ♭II7に前置される♭VI–7です。

またさらにその手前まで目を向けると、そこにはII–7にあたるE-7のコードがあります。つまり通常のiiから反転したii-Vへ突入するという流れになっているんですね。

コード譜 : E♭ minor9, A minor7, D7, D♭ major7。 II minorの後に反転した♭VI minorが登場する形。

オモテii→ウラii→ウラV→オモテIという進行になります。こうしてii同士を繋ぐこともできるし、V同士もそうだし、Vの手前にはiiを呼べるし、呼んだうえで反転することもできるということで、この辺りのオモテii-Vとウラii-Vの接続バリエーションはかなりの数にのぼります。

2. Sub.Vとトライトーン転調

さて、こうなればもう、ii-V-Iの終着点であるIを反転させるというアイデアにも当然行き着きます。

II–7V7♭VΔ

完全に転調の領域に入ってきますね。これはつまり、オモテのドミナントだったはずのV7これそのものを裏コードの♭II7であると見立て直して転調する、ピボット転調の一種であると言えます3

この技法は、ジャズ理論が確立されるより前の近代クラシック作曲家バルトークが用いていたことから、あるバルトークの研究家はこれを「バルトーク的擬似終止Bartokean Pseudo Cadence」と名付けています。

あるいは、III7VI–7という進行のIII7をひっくり返せるのだから、VI–7の方をひっくり返してもいいだろうという話になります。

VIIøIII7♭III–7

これもやはり、III7をトライトーン離れたキーの♭VII7であると見立て直した転調ということになります。こうした裏コードを利用した転調は、普通にポップスに持ち込んで活用することも可能なものです。

こちらその実例。BメロがKey in Cで、2-5-1-4-7-3というジャズおなじみの連続強進行を用いて、サビ直前でE7に至ります。その後のサビ、Aに解決すると思いきや、裏切ってE♭へ。これをトニックとして転調、また6-2-5-1という強進行を続けていくというシステムになっています。

クラシカルな理論観で言えば、トライトーン離れたキーというのは五度圏で見て非常に遠い「遠隔調」です。しかしドミナントセブンスの推進力や半音下行のなめらかさを利用することで、実にスムーズに転調可能だということに気づかされます。

2×2×2の選択肢

まとめると、ii-V-Iのそれぞれにおいて、そのまま行くのかひっくり返すのかの選択肢があるということですね! そして、Iの着地でひっくり返した場合には必然的に転調する事になる。

2x2x2

これはメジャーキーでのii-V-Iのネットワーク。2×2×2=8とおりの組み合わせが生まれますね。この「トライトーン裏にいつでも行ける感覚」があると、より自由にコード進行を作り出すことができます。

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